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遅まきに砂肝トークが始まるから、 苦笑いで押しとどめる。 そういえば、これまで美味しいとしか言ってなかった。 私が箸を取ろうとしなかったことに、 最初から気づいていたんだろうか。 素直に口を閉じたお隣さんが話を聞く姿勢を見せて、私は苦笑いをそのままに話しだすことにする。 「実はですね…。これ、母さんが私のためにって用意した砂肝なんです」 ──今日は遅くなるからね、と言われたのは、今朝の朝食の席だった。 昔なじみの友達と久しぶりに会うのだとか。 父さんも一緒だという話だから、つまり今夜は両親とも遅くなる。 それで、今日は私一人の夕食だから、 という言い置きだった。 買い物するならこれで、と、 その場で予算を渡されたのはいいとして。 問題は、それに続いた母さんの言葉だ。 ──あと、栗ちゃんの大好物を買ってあるから。 冷蔵庫に入ってるから、好きに料理して食べてね。でも火使う時は気をつけんのよ。 朝には確かめる時間がなくて、 何だろうとあれこれ想像しながら帰宅して、 うきうきしつつ冷蔵庫を開けて見つけたのが……。 「…これ?」 「これです」 哀しいかな、一目見ただけでこれのことだなと悟ってしまえた私も私だと思う。
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