8人が本棚に入れています
本棚に追加
金髪の女
次に入ってきたのは、高いヒールを履いた金髪の女だった。
金髪だが外国人ではない。
背が高く、スタイルも良く、顔立ちも整っていた。そして、その所作には自信が溢れていた。
この女であれば、さぞかし美しいちゃんちゃんこを描くことができるだろう。
「赤いちゃんちゃんこ、着せましょか……」
「はぁ? 何?」
「赤いちゃんちゃんこ、着せましょか……」
「ちょ、待って。え? 今、ちゃんちゃんこって言った? ちょっと待ってよー。ちゃんちゃんこぉ? いやいや、それは無いっしょ」
突如の全否定。
聞き間違いを装ってからの全否定のなんと腹立たしい事だろう。
「えと、ちゃんちゃんこは着るものでは無くて……」
「いやいや、何でも良いんだけど、ちゃんちゃんこはダメだわ。ないわ」
「いやでも……昔から」
「昔から? え? 貴方って時代に合わせて変化できないタイプ?」
「変化……ですか?」
考えた事も無かった。
「そうよ、これからの時代は、変化に対応できるものだけが生き残るのよ? ちゃんちゃんこでは生き残れないだろうけどねぇ」
「いやでも……」
そもそも名前が赤いちゃんちゃんこなのだ。他にどうしてみようもない。
「いやいや、そう言う固い考え捨てなさいって。名前何て変えちゃえばいいのよ。ていうかさ、アンタら戸籍持ってんの?」
「いや、無い……ですけど」
「じゃあ、名前なんか変え放題じゃん。変えちゃいなよー。プラダのコートとかさ」
「プ……プラダ?」
突然の高級ブランドに赤いちゃんちゃんこは覿面たじろいだ。
「そう。あ、プラダにもね、真っ赤なファーコートあるよ。プラダの真っ赤なファーコート着せましょか。これならみんな着たいって言うと思うな」
「いや、えー……」
語呂が悪い。
「えー、良いと思うよー」
「でも、それっておいくらぐらいですか?」
「五十万円ぐらいかな」
「ご……? いやいや、無理ですって」
「しみったれた事言っちゃダメだよー。女の子への贈り物はけちけちしちゃダメ。モテないよ?」
モテるモテないの問題ではない。
定職についていない赤いちゃんちゃんこにとって、五十万というのは果てしない大金だ。
「いやー、やっぱり無理ですよ」
「もー、情けないなぁ。今度会う時までには、それぐらい用意できるようになっててよね」
「え、そうなんですか?」
「そ、あなたにファーコート着せて貰えるの、楽しみにしてるね」
「あ、はあ……」
「じゃあね、バーイ」
最後にチュッ、と投げキッスだけ残して女はトイレから出て行った。
殺し損ねた、と気づいた時にはすでに女の姿は無かった。
「また失敗か……。プラダ……は無いよなぁ、やっぱり」
ご先祖様にどう言い訳して良いか分からない。
みんなが喜んで着てくれる、というのは朗報だが、その一方で守らねばならない文化はある。
それが赤いちゃんちゃんこの信念だった。
「って言うか、プレゼントじゃないし」
そもそもそこを失念していた事に、今更気付く赤いちゃんちゃんこであった。
最初のコメントを投稿しよう!