金髪の女

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金髪の女

 次に入ってきたのは、高いヒールを履いた金髪の女だった。  金髪だが外国人ではない。  背が高く、スタイルも良く、顔立ちも整っていた。そして、その所作には自信が溢れていた。  この女であれば、さぞかし美しいちゃんちゃんこを描くことができるだろう。 「赤いちゃんちゃんこ、着せましょか……」 「はぁ? 何?」 「赤いちゃんちゃんこ、着せましょか……」 「ちょ、待って。え? 今、ちゃんちゃんこって言った? ちょっと待ってよー。ちゃんちゃんこぉ? いやいや、それは無いっしょ」  突如の全否定。  聞き間違いを装ってからの全否定のなんと腹立たしい事だろう。 「えと、ちゃんちゃんこは着るものでは無くて……」 「いやいや、何でも良いんだけど、ちゃんちゃんこはダメだわ。ないわ」 「いやでも……昔から」 「昔から? え? 貴方って時代に合わせて変化できないタイプ?」 「変化……ですか?」  考えた事も無かった。 「そうよ、これからの時代は、変化に対応できるものだけが生き残るのよ? ちゃんちゃんこでは生き残れないだろうけどねぇ」 「いやでも……」  そもそも名前が赤いちゃんちゃんこなのだ。他にどうしてみようもない。 「いやいや、そう言う固い考え捨てなさいって。名前何て変えちゃえばいいのよ。ていうかさ、アンタら戸籍持ってんの?」 「いや、無い……ですけど」 「じゃあ、名前なんか変え放題じゃん。変えちゃいなよー。プラダのコートとかさ」 「プ……プラダ?」  突然の高級ブランドに赤いちゃんちゃんこは覿面たじろいだ。 「そう。あ、プラダにもね、真っ赤なファーコートあるよ。プラダの真っ赤なファーコート着せましょか。これならみんな着たいって言うと思うな」 「いや、えー……」  語呂が悪い。 「えー、良いと思うよー」 「でも、それっておいくらぐらいですか?」 「五十万円ぐらいかな」 「ご……? いやいや、無理ですって」 「しみったれた事言っちゃダメだよー。女の子への贈り物はけちけちしちゃダメ。モテないよ?」  モテるモテないの問題ではない。  定職についていない赤いちゃんちゃんこにとって、五十万というのは果てしない大金だ。  「いやー、やっぱり無理ですよ」 「もー、情けないなぁ。今度会う時までには、それぐらい用意できるようになっててよね」 「え、そうなんですか?」 「そ、あなたにファーコート着せて貰えるの、楽しみにしてるね」 「あ、はあ……」 「じゃあね、バーイ」  最後にチュッ、と投げキッスだけ残して女はトイレから出て行った。  殺し損ねた、と気づいた時にはすでに女の姿は無かった。 「また失敗か……。プラダ……は無いよなぁ、やっぱり」  ご先祖様にどう言い訳して良いか分からない。  みんなが喜んで着てくれる、というのは朗報だが、その一方で守らねばならない文化はある。  それが赤いちゃんちゃんこの信念だった。 「って言うか、プレゼントじゃないし」  そもそもそこを失念していた事に、今更気付く赤いちゃんちゃんこであった。
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