花子さん

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花子さん

 「という事でね、ズタズタですわ」  酒の入った杯をぼんやり見つめながら、赤いちゃんちゃんこは遠い目をしてそう言った。 「大変だったわねぇ。まあ、そう言う日もあるんじゃないの?」  カウンターの向こうで燗酒を作っている花子さんが、苦笑いを浮かべながら赤いちゃんちゃんこを慰める。  ここは酒処川屋(かわや)。一仕事終えたトイレ系都市伝説達が心を休めに来る場所だ。 「やっぱ自分は劣化版なんですかねぇ」 「そんな事無いよ。赤い半纏の旦那も、変形の中じゃあんたが一番自分に似てるって言ってたよ」 「いやぁ。ずーっとそう思ってたんですけどねぇ」  瓶底眼鏡の女が放った言葉は、まだ赤いちゃんちゃんこの胸に突き刺さったままだった。 「確かに、ちょっと不器用なところはあるかもねぇ」  花子さんの言葉に、ですよねと頷く赤いちゃんちゃんこ。 「けどね、私は色々いた方が良いと思ってるのよ」 「色々?」 「そうよ、トイレなんてどこ行ったって代わり映えしないところでさ、出てくる奴までみんな一緒じゃ詰まんないじゃない。あんたのその不器用なところ、私は嫌いじゃないけどね」 「……ありがとうございます」 「元気だしなよ。ほら、二本目はあたしが奢ったげる」 「そうですねぇ。くよくよしてても、明日は来るもんなぁ……」 「そうだよ。ほら、飲みねい飲みねい」  花子さんが自ら注いでくれた酒を赤いちゃんちゃんこはぐいっと一口で飲み干した。 「明日、また頑張ります」 「そうそう。その意気だよ」  その時、引き戸を開けて新たなる都市伝説が入ってきた。 「花子さんこんばんわー」 「ゲッ、赤マント」 「ああ。赤いちゃんちゃんこご無沙汰だね」  睨み付ける赤いちゃんちゃんこに対して、赤マントはそれを意にも介さずカウンターの少し離れた席に着いた。 「お銚子一本ね。それと、味噌だれキュウリ」 「はいはい。ただいま」  支度を始めた花子さんは、そっと赤いちゃんちゃんこに注意をした。 「ケンカは止めとくれよ」 「……分かってます」  憮然としたまま酒を飲み続ける赤いちゃんちゃんこ。 「もー花子さん聞いてよー」 「どうしたの?」 「今日もさぁ、頑張って仕事してたのね。そしたらさ、最後の最後に変な女が来たんだよー」 「変な女?」 「そお。目をキラキラさせてさぁ。私、あなたの大ファンなんです。あなたに会いたくてここまで来ました、とか言うのね。いやいや、怖がってよーって話じゃん」 「そ……そうねぇ」  花子さんはそう言いながら赤いちゃんちゃんこの様子をちらりと見る。盃を持ったまま、赤いちゃんちゃんこの体はプルプルと震え始めていた。 「でね、言うのよ。いつもの奴お願いしまーすって。そんなテンションで言う物じゃないからって。別にアイドルじゃないんだしさ。でまた、この女がもっさいのよ。瓶底眼鏡でさ、パーカーにジーパンで何の色気も無し。どうせキャーキャー言われるなら、もっとかわいい子の方が……」 「てめぇ、赤いちゃんちゃんこ着せてやる!!」 「ちょ、何だよ急に。そんなだから押しつけがましい都市伝説って言われるんだぞ」 「このインチキ紳士野郎。今日という今日は我慢ならねぇ!!」 「やってやろうじゃないか!! 赤青白、好きな色を言って見な」 「床屋か、てめぇは!!」  ガチャンバリンとたちまち店が騒々しくなった。 「ちょっとあんた達、ケンカは他所でやりなさーい!!」  花子さんの怒鳴り声は古い蝶番の軋み音よりも大きく響き渡ったという……。  ちゃんちゃん(こ)
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