とある悲劇の終幕

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とある悲劇の終幕

「俺の体験談ちゅーか……後味のええもんやないけど、まあ聞いてーな。もう随分前になるんやけど……せやなぁ、五年くらい前やったかも。当時俺の住んどった家が隣家の火事に巻き込まれて、半分燃えてもた事があったねん。貰い火ちゅーの? 海沿いにある場所やったから風が強てなぁ。隣の家はちょうど空き家で、忍び込んだ誰かが暖を取るために火でもつけたんやないのって話やった。実際、潜りこんどったらしい火傷したアホンダラどもも見つかっとったし。全くあん時は参ったで。まあ、それはさておき。家がそんなんになったから帰るに帰れんくなって……俺の姉貴も心配してくれてよ、姉貴のコネで小さい家を貸してもらえる事になったねん。そこでの体験した話や」  そんな経緯(わけ)史月義光(ふみつきよしあき)が引っ越したのは、湖沿いのその家だった。なかなか眺めもいいし、中も綺麗にしてくれていたおかげでその日付けで住む事が出来た。  しかし、平穏な生活は長く続かなかった。一週間くらい経った頃に、出張で二日半ほど留守にした時からだろうか、その家には地下室が付いているのだが、そこの出入り口付近が水が溢れたみたいに水浸しになっていた。何処かで雨漏りでもしているのかと調べてみたが、何ともない。水道管とかも別に異常はなかった。  その雨漏りか水漏れが起こり始めてから、誰も居ないはずの家に誰かが居る気配を感じるようになった。 「けど、俺以外に昼間は家事をやってとおいてくれるおばちゃん……ハウスキーパーさんが来てくれとったさけ、それやろなと気にもとめてなかった、んやけど」  通いで来てくれていたハウスキーパー、ある日を境にぱったり来ないようになってしまった。いきなりで驚きつつも、電話越しでここでの勤めは辞めさせてくれという。辞めたい理由を聞けば私用のためと何だが奥歯に物が挟まったような、ものすごく声が震えていた。 「お宅に入りたくないんです、今までのお給金も返しますから辞めさせてください、後生ですから」  実家を出る前も家事はやっていたし、自分一人で全部できることはできる。それでも一応ここは借り物だからできるだけ綺麗にしておきたいというのもあったし、防犯上留守の時に誰かにいてもらいたいということで別の人を頼んだ。そして、一週間しないうちに次々と辞めてしまう。一カ月を経たないうちに五人も辞められてしまった。 「誰がブラックハウスやねん! 時間外労働させてないし、給料は他のとこに比べりゃ、ちょっと高めやのにな」  待遇が不満でなくて他に何か……例えば変な押し売りか勧誘が出たのかと探りを入れてみた。 「何も聞かないで」  皆一様に、夜逃げするみたいにやめてしまう。 「そら誰でも人に言いたないこともあるやろうしよ、まあしゃーないわって。やから女の人だけが怖いもん、クモやヘビ、カマドウマとかそういった類のモノが出んのかと思たんや」  アレコレ考えた結果、義光は男性のハウスキーパーをみつけてきた。小春川(こはるがわ)という、高校からの付き合いの後輩で、家事も得意だったから臨時で頼めたのだ。 「もう勘弁して下さい」  一週間目で何かあったのかやっぱり同じこと告げてきた。ただし彼は親しい間柄だったので遠慮などせず吐かせた。 「水漏れを修理しようとして、原因個所を探してたら女の幽霊を見た」  小春川は配管工の経験があったから、何処から漏れているらしい水漏れを直しておこうと工具片手に地下に降りて行った。そこで、ずぶぬれかつ血まみれの女の幽霊を見た。 「女の幽霊?」 「そうなんス。地下で水道管を調べてたら……恨めしそうな顔した女がスーッて出てきて……血まみれでずぶぬれで……上に上がって行ったんスよ……本当に見たんスよ! それに、この水浸しの床の原因、水道管が壊れたんじゃなくてその女が歩き回った跡ッス!」 「……それマジか? 地下水が上がってきたとかやなくて?」 「違うッス、だって考えてみて下さいよ、地下から上に水が上がってきてたなら……床上浸水してこのフロア全部が水浸しになるはずじゃないスか!?」  小春川に言われてはじめて気づいた。ここの地下は掘り抜きで、崩れないように支柱なんかで支えを施しているだけ。コンクリートなどで固めているわけではないから、地下水が滲み出てくることはままあるわけで。それでも、それらが溢れてくるくらいならこの上にある部屋もただではすまないはず。義光は思った。ここには何か、秘密がある。 「その女、何か言うてたんか? タタッテヤル~とかよ」 「おっかないこと言わないでくださいよ! ……あ、そういえば『寒い、冷たい』って何度も言ってたスね。きっとあんだけびしょ濡れだから寒いんでしょ……」 「びしょ濡れっちゅーことは溺れ死んだのかもしれへんな、湖も近いし」 「でも……あの、それ以上に血まみれでしたし……」 「ん~」  ずぶぬれ血まみれの幽霊女が出る理由。何か理由と原因がないと、幽霊なんぞ出るわけがない。  そういうわけで、小春川と地元で聞き込みをはじめた。とんずらしようとした彼の首根っこを摑まえ、推しドルの情報とあの家に住み込みしなくていい条件ならいくらでも協力すると言うことで協力関係を結んだ。  まずこの家の話を持ってきた姉の友人に聞いてみたのだが、何と本来の持ち主を知らないと言ってきた。又貸しみたいな感じで見つけてきたから、不動産屋にでも当たれと、全くいい加減なものだ。  不動産屋も仲介だけしかしていないから詳細は知らないと言う。それでも持ち主は今離れ小島に移住していて、そこを使っていないということくらいしかわからなかった。  一旦自宅に戻ろうとした時、別行動していた小春川から電話が入った。何でも、あの家のことを知っている連中から情報を掴めたらしい。急いで待ち合わせ場所に向かい、教えてくれるという地元の人間達に話を聞いた。 「あそこに住んでんの? 今も? うわ、すげえな兄ちゃん」 「ま、いろいろ事情があってな。あそこに何があるのか教えてくれへん?」 「……あそこに女の幽霊が出るって話でしょ?」  彼らの知っている話によると、あそこは女が一人で住んでいたそうだ。それもそんなに前の話ではない、この時点から七年くらい前のことらしい。何でも、成金に囲われていた身寄りのない女だったとか。しばらくして囲っていた男に新しい愛人が出来たことにより、捨てられた。  さんざん心身共に幾多のハラスメントを受けた挙句こっぴどく捨てられてしまって……失意の中、彼女は失踪した。妻と離婚するから待っててくれ、そして結婚しようと甘い言葉を囁いた彼が掌を返したように……ゴミのように酷く捨てられて……どんなに傷ついたことだろう。  周りでは、男が密かに殺したんだともっぱらの噂だったらしいが。男に確かなアリバイはなかったものの、家に彼女が書いたと思われる遺書が残されていて、近くの海岸から彼女の私物と思われる靴やら持ち物やらが打ち上げられたもんだから、自殺として片付けられた。ただし遺体は未だに見つかっていない。 「なーるほど、まさに真相は水底の彼方っちゅー話か」 「それから、その死んだ女があの家……あ、今は兄ちゃんの家か。そこで男を待ってるって話。今でも、その女見たって言うやつが居なくならないんだ」 「なるほどなぁ……な、他になんかないか? 例えば、水にかかわるようなこと」 「えっと……あそこ前に近くには昔井戸があったらしいんだけど、大雨で湖が溢れた時に流れ出た土で埋まってるらしいよ」 「その井戸、どこにあるん?」 「あそこの地下に当たるところだよ! 家自体一回床が抜けたとかで、建て直されたんだ。そうだな、女の人が失踪してすぐくらいの頃だったと思うよ」  義光はビビッときた。やっぱりあの地下室には何かある――おそらく、埋まった井戸に!  あれからもう一人、雑誌記者として働いているダチが調べてくれた。要約すると、この家の持ち主で死んだ女を囲っていた男は、離れ小島に移住した人物だと言うことがわかった。  今でも女を漁っては都合良く扱い、飽きたら酷く捨てているようで、周りから相当恨みを買ってここに居らないようになったらしい。中には大けがをさせられた女性もいるらしいし……なら件の彼女を、別れ話がもつれた末に殺して敷地のどこかに埋めとる可能性もなきしもあらず、だろう。  義光は家に帰って地下に降りた。周りをぐるりと見渡すが、じめっとした空気とむき出しの土壁以外に特にこれといったものは無い。女の幽霊は、男を待っているのかもしれない。だからこそ、此処に執着しているのだろう。  しばらくそこに待っていると、ぼんやりとした影が目の前に出てきた。ゆらゆらと白い光のようなモノは、ぶるりと震えるとずぶぬれの若い女の形に変わる。白いワンピース、生前はおそらく美しかったであろうベビーブルーの髪……首の痣と、細面の顔は血まみれで凄惨さをあらわにしている。 『アナタ……誰?』 「今ここに住んどる奴や」 『ここ、ワタシの家』 「この家を借りてんねん。持ち主の許可は取っとる」 『……しらないわ、出てって』 「しばらくは無理や」 『……アナタ、あのヒトの知り合い? ワタシここに居るのに、他の人に此処、貸すわけ無い』 「あの人? ここの持ち主の男か?」 『別れてくれ、信じられない嘘……だって……一緒に生きようって、あの時ちゃんと約束してくれた……』 「それはもう無理や」 『そんなこと無い』 「もうそいつは来ぇへんぞ。この町からとっくに引っ越しとるわ。ここにはもう……」 『嘘だ!』  彼女が叫んだのと同時に、彼女の脚元からジワジワとかなり速いスピードで水が溢れ出てきた。 『サムイ……ツメタイ……オネガイ……ハヤクキテ……ココカラダシテ……サビシイ……アナタ……』  水がどんどん彼女のワンピースの裾から溢れてきて、あっという間に腰まで浸かってしまった。こりゃアカン、はよせえへんと溺れる! そう思って上に通じる階段の方へ脚を向けた。その時、階段がなくなっていることに気付いたのは。無いわけはない、自分は現にそこからこの地下に降りてきたのだから。  水かさはどんどん増して行って、胸の辺りから首の辺りまで来た。でもここまできたら水かさを利用して浮けばいいと思った。力を抜いたその時、足が引っ張られた。見れば、あの女が自分の足首をしっかり掴んでいた。 「!」 『行かないで……』 「離せ!」 『お願い……行かないで……此処にいて……ここであの人、待ちたい……一人、さみしい……』 「お前の待っとる人は……もう此処には二度と戻って来ぇへんよ」 『おねが、い……あの人の、赤ちゃん……できたの、一目、逢わせてあげたい……だから、その日まで一緒に居て……』  何と、死んだ彼女は子を身に宿していたらしい。おそらく男が彼女を棄てた原因の一つなのだろう。厄介なガキと一緒に死んでもらえば都合がいいとでも思ったのだろうか。 「アカン、俺はお前に何もしてやれん」 『どうして……?』 「此処でずっと一人で寂しいんは分かるで、やけど、いつまでもここにおってもアカンねん。行くべきとこへ行くべきなんや。心配すんなや、アンタの躰は俺が見つけてやる、だから先に神様んとこ行ってこい」 『嫌!』 「聞き分けんかい!」 『……本当、アナタ、私、ここから出してくれる? そうしたら、自分で逢いに行けるから』 「ええよ、みつけてやるっ……だから……な?」 『わかった……』  その瞬間、ゴボッと水は義光を沈め、意識は奪われた。  義光はびしょ濡れで地下室の出入り口で倒れているところを、後輩に発見された。まるで着衣水泳をしたみたいに、それこそ頭からシャツからパンツまでびっしょりで。幸い水はそんな飲んでいなかったが。地下を覗いてみてもちゃんと上に通じる階段はあるし、水はどこにもなかった。  着替えてから再び地下に降りて行き、井戸の痕跡を探す。それは案外すぐわかった。シャベルで土をどけてくと、平たい石で塞がれた穴がでてくる……ここが例の井戸。冷たい寒いと言うなら湖かと思ったのだが、ここに出ると言うことは、彼女はこの下に「いる」。  石をどけると、すぐに水がドッと溢れ出てきた。地下水が多いのか湖の影響か知らないが、溢れる寸前まで水が溜まっていて、何か井戸の淵に綱みたいなものがあるからそれをナイフで引きちぎる。  すると、ゴポリと大きな泡が浮かんだ後、何かがゆらゆらと浮かんできた……白骨死体が。おそらく、その綱は死体と重石を支えていたのだろう。……それがうまい具合に井戸の入り口に噛みあっていて、絶妙なバランスを保っていて……義光が綱を切った事によって浮いてきた。 「おそらく男に殺されしまったあの愛人やろ……哀れやわ」  ……後は警察が、その井戸の全部調べてくれた。 「すると遺体や死んだ時の犯人の痕跡とかを探していたら、指輪が出てきたんやと。たぶん、結婚しよて約束した時のブツなんやろな。けどその指輪はいつの間にか消えていった。その指輪に関する後日談っちゅうーの? それを話しとくわ」  小島の方に居た、その家の持ち主は何か脱法ハーブもやらかしていたとかで、話を聞きに警察が家を訪ねたのだが。そしたら奴(ホシ)はリビングのど真ん中で死んでいた。もちろん自殺ではないし、殺人にしてもおかしな点だらけだったようだ。  当時一緒に居た愛人に話を聞くと、リビングでテレビを観ていたら突然もがきだしたらしい。何故か、溺れている時のように手足をじたばたさせて口から水を吐いて倒れて……男の死因は――溺死。死亡解剖をしてみたら、胃の中から指輪が出てきた。 「せや、あの井戸で見つかった指輪と同じモンがな」  そして死んだ時間だが……警察があの指輪を見つけたのと、ほぼ同時刻やったらしい。 「――な、おっかないやろ? 女の復讐っちゅーのは。きっと連れて行ったんやろな……自分を棄てて行った奴に、同じ目で死んでもらおうて」  ここまでくるともう、愛していたかどうかなんてわからない。好意と悪意は表裏一体。ジュリエットはロミオを連れて行っただけ。男(ロミオ)だけが、舞台から退場するなんぞ許されなかったのだ。 「ロミオとジュリエットは、一緒でないとな」
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