執心

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執心

「耳かっぽじって聞きなさいよねェ。むかーし昔、あるところにいた女の話をしてあげる」  朝野光梨(あさのひかり)曰く、その女はとんでもなく自意識過剰な人物だった。『自分が世界で一番美しく、そして一番偉い』と思いこんでいた。 「え、目の前の誰かさんみたいですって? ……後で覚えてなさいよ」  確かにその女はそう自惚れるくらいの美人で、財力もあり、とても頭の切れる女だった。その上国の王やお偉い方とも仲良くしていて……確かに世界に敵はなしと言ったような状況だったのだが。でもある時女は気づいた。自分に対して唯一であり、敵わない敵に……それは『老いる事』。  ここで一旦言葉を切ってみる。周りを見渡せば案の定「はてな」といった雰囲気になっている。  今まで立て続けに『怖い』話を聞いてたもんだから、鼻が鈍くなったのだろう。光梨の話がどうすれば怖くなるのかわからないようだ。  ……さて続けるか。 「そこで女は考えた……どうすれば永遠に今の姿のままを保っていられるのか……そしてある日女は思いついた……」  ごくり――複数の息をのむ音がきこえた。 「……薬を使おうってね」  途端につまらなそうな、がっかりしたような空気が流れる。全く、怖い話というのは最後まで聞いてナンボだろうに。 「もちろん、どこかに売ってるような普通の薬じゃあないわよ? 原料は……『人間の血液』。それも一人、二人の血じゃあない。彼女は辺鄙な土地を買い取り、身寄りのない使用人を雇ったり孤児を引き取ったりして、新鮮な血を搾り取って秘薬を作った」 「……その作り方? 詳しい事は解ってないわ。第一誰もそんなの知りたくはないだろうし? あとね、殺された人数もわかってないの。行方不明者及び被害者があまりにも多すぎて警察は666体見つけたところで匙を投げたらしいから」 「……ただわかってるのは、彼女が生まれたと確認できた年から四〇〇年がたち、『大量殺人犯』として捕まった時も二十代そこそこにしか見えない容貌をしていたことと、その『秘薬』を飲めなくなってから三日後にはこの世のイキモノとは思えない様相であっという間に衰弱死したこと……一体何人の血を定期的に飲んでたんでしょうね……」  ふふふと小さく笑い、光梨は話を終わらせた。血の気が引いた顔になっている者がちらほら見える。  次に誰かがいちゃもんつけてきたら言ってみようか。 「薬にするわよ」  ってね。  手元のジュースを飲みほした光梨は、血のように赤い唇を似たような色の舌で一舐めした。
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