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電話の声
「ハロー。ダーぁリン!」
「もしもし?」
思わず聞き返す。女の声だ。それも、若い。
「ハロー。ア・タ・シ!」
脳みそをフル回転させて電話の主を突き止めようとする。
とりあえず除外していいのは、仕事関係者である。ぼくに対して、ダーリンとかアタシとかいう人間がカープの関係者にいるはずがない。
次に考えたのが、間違い電話だということだ。これが一番ありそうだと思った。
「もしもし?どなたかわかりませんけど、お間違いではないですか?きっと間違った番号にかけてらっしゃると思いますけど」
「間違ってなんかないわよ。アタシはあなたにかけてるの」
と言って、電話の女は、ぼくの名前を言った。間違いない。ぼくの名前だ。ぼくは芸名もペンネームも持たないから、まぎれもなく、正真正銘のぼくの名前だ。
「同姓同名ということはないですかね?失礼ですが、どちら様でしょうか?ぼくには、ぼくのことをダーリンと呼ぶような知り合いはいないんですが」
「まあ、無理はないわね。アタシも声だけで気づいてもらえるとは思ってなかったし。さすがにそれはスイートな考えよね。日本人にとっては甘すぎるギリシャのお菓子ぐらいスイートよ。でも、あなたはアタシのことを昔から知っているはずなんだけどなぁ」
電話の女はそこで一息ついた。
ぼくは学生時代の知り合いだろうかと思って、過去の交友関係を思い出してみる。
自慢じゃないが、濃密な関係であった女の子など、改めて思い出す必要があるほど多くはない。
「アタシはあなたのことがずっと気にかかってたんだけどな〜。ダーぁリン!」
「降参だよ。誰だか名乗ってくれないかな。学生時代の卒業アルバムは実家にいかないと見れないんだ」
「そんなことわかってるわよ。アタシ、あなたのことなら、なんでも知ってるの。カープの担当をしているのに、カープうどんよりも大阪のきつねうどんのほうが好きなこととか、下着はニットトランクス派なこととか、角ハイボールは濃いめが好きなこととか」
全部最近のことだった。学生時代には、ボクサーブリーフを愛用していたのだ。この女は、たしかにぼくのことを知っている。
「まだアタシのこと思い出してくれないみたいだから、さっきのうどん屋にもう一度入って、テレビでも見てみたら?」
そこで女は唐突に電話を切った。
ぼくの持論だが、唐突に電話をかけてくる人は、切るのも唐突だ。
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