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「こんばんは」
背後から男の低い声が掛かる。
テラスには、他に誰もいないので紛れもなく俺に掛けられた言葉だと知る。
「隣り、いいですか?」
昼間とは違うフレンドリーな雰囲気と丁寧な口調に、一瞬俺は面食らう。
返事する間も無く、男は俺の隣へと腰掛けた。
「今ね、まひると……あ、彼女と結婚指輪を見に行って要らぬものまで買わされて。その帰りなんです」
棘も何も感じられない男の雰囲気に、俺は戸惑いを隠しきれなかった。
正直、仕事以外で営業スマイルを浮かべるのは不本意だったが、上客の為俺は疲れた顔に無理矢理笑顔を作る。
「この辺は、色々な高級ジュエリーブランドさんのお店がありますからね」
建前の笑みを浮かべた俺は、そう言って心の中で「これだから金持ちは!大嫌いなんだよ!」と悪態を付く。
とは言っても、俺の彼女を奪ったのはこの男では無いのにやはり無意識に投影してしまう。
「よくここへは来るんですか?」
カップに口を付けた後、男は穏やかに尋ねる。
「えぇ、まぁ職場の近くなんで」
「いつも六本木なんで初めて来ましたが、ここ穴場ですね。また立ち寄ろうかな」
その言葉に、俺は思わず眉を顰める。
早く六本木に帰れよ!!!
昼間のことを忘れていない俺は、内心怒りに満ち溢れながらそう心で叫んでいた。
だが現実の俺は、愛想笑いをしてその場を乗り切ったのであった。
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