Summering -越夏蛍-

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 車内での会話は当然無かった。ケイはいつもと違って運転に集中していて、一言も話しかけてこない。私は視線の行き場を失ってスマホを意味なく弄る。SNSはさっき投稿した破局の話で持ちきりだった。『どうして?』だの『よく頑張ったね。』だの『呆れた。』だの…みんな好き勝手書いては盛り上がっていた。そのどれもに返事する気になれず、私は画面をスクロールするだけだった。スマホのブルーライトだけが、真っ暗の社内の唯一の明かりで、幽霊みたいに空っぽな私の顔を鮮明に浮き彫りにしていた。 「ホタル?」 「え?」  沈黙を貫いていたケイが突然口を開いた。前へ視線を戻すと小さくて赤い、二つの光が遠くでユラユラ揺れている。徐々に近づいていくと、赤い光は大きくなっていき、車のライトが届く距離まで来てそれが路肩に止めた車のテールライトだということが分かった。不自然に上下に揺れるその車を注視していると、通り過ぎる一瞬で中の人と目が合った。  若い男女が、ハダカで、抱き合っていて、…  目を反らす暇もなく、車は視界からいなくなり闇夜に消えていった。 「どうしたの?何か変だった?さっきの車。」 「えっ!!いや、何にも無かったよ!!」  思わず声がうわずってしまう。さっきの人達、とても気持ちよさそうで、ビックリした様な顔してた…あれって、いわゆるカーセックス、ってやつだよね?まさか、本当にする人が、しかもその場を目撃するなんて思ってもみなかった。でも、なんであんな所でライトをつけたまま…寒いからエンジンかけっぱなしにしてたのかな。 「ホ、ホタルじゃ、無かったね。」 「うん。ごめん。ゆらゆら揺れてるからそうかなって思ったんだけど、見間違いだった。」  ケイは、相変わらず運転に集中していてこちらを見ない。さっきの人達が、なにをしていたのか見たのだろうか。田舎道だからか、辺りに電灯がほとんどなく、車内も含めて真っ暗闇のためどんな顔しているのか分からない。 「ふ、冬にホタルは普通いないよ。」 「うん。そうだね。」 「っていうか、今思ったけどホタルが赤色の光出すわけないじゃん。あんなに大きい訳ないし。」 「だから、ごめんって。見間違えたって言ってるじゃんか。」  動揺を隠すためにケイに話しかけるが、追及が気に入らないのか、はたまたもう話したくもないのか、冷たい返事しか帰ってこない。それでも私はしきりに話しかけ続ける。私の家まで着くのに、まだ数十分はかかる。さっきので心臓のドキドキが止まらないし、何よりこの気まずい空気が嫌だから。 「そういえばさ。ホタルって言えばさ。あれ、思い出しちゃった。」 「何を?」 「ほら。6月位の時に行った、ホタルが沢山いて綺麗だった、あの場所。」 「あぁ。俺がホタル捕まえちゃったあそこ?」 「そうそう!!そこ!!」  まだ冷たい感じがするけど、反応があって嬉しかった。このまま続けられれば、このしんどい時間もあっという間に過ぎるはずだ。私はやや興奮ぎみで、息つく暇もなくたたみかける。 「薄暗闇の中をさ。懐中電灯の明かりだけで、二人で手を繋いで歩いたよね。」 「危なかったよなぁ。ただでさえ、ふわふわしているからさ。ヒカリは。」 「ホタルが沢山いて。光の絨毯みたいで綺麗だったよね。」 「確かに綺麗だったね。」 「でさ。ケイが足元の草に止まってたホタルを捕まえて私に見せてくれたんだよね。そしたら二匹いたんだよね。」 「きっとカップルだったんだろうね。」 「だろうね。そして、邪魔したら悪いって臭い台詞言いながらホタルを放したんだよね。」 「…何か言ったっけ?俺?」 「もうっ、覚えてないの?『光らなければ俺に捕まることなく、恋路を邪魔されずに済んだのにね。』って言ってたじゃん。」 「そんな恥ずかしいこと言ってたのか。俺。」 「そうだよ。で、その後に、『でも仕方ないよな。ホタル達にとってはこの夏だけの真剣な恋だし、真剣な恋ってのは、抑えきれないものなんだよね。』って…」 「…俺達みたいに。ってか。」 「…うん。ごめん。」  上手いこと良い雰囲気になりつつあったのに、肝心なとこで地雷を踏んでしまった。爆発の前触れなのか、嵐の前の静けさと言ってもいい程の居心地悪い静寂が私達を包んだ。お別れするまで持たせるつもりだったのに、三分と持たなかった。ケイが怒ってないか横目で顔を見ようとしたけど、相変わらず暗闇に目が慣れないのかどんな顔しているのか分からなかった。
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