Summering -越夏蛍-

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「ごめんなさい。あなたとは、つき合えません。」  深々と下げた頭の先から、見えないけれど、ケイが「そっか。」と呟いて落胆しているのが分かる。そりゃ落ち込むよね。一緒にいるようになってから、一年経とうとしているんだもんね。ちゃんとした告白もしないまま。丸一年。 「誰か。好きな人が他にいるの。ヒカリ?」 「いないよ。でも…ケイとは、恋人とかそういう関係じゃなくて…今まで通りの関係でいて欲しい。」  「友達で、ということ?」、と聞いてくるケイに、「そう。友達として。」と返す私。お互い気まずくて、目を合わせられない。ケイに至っては肩が僅かに震えている。  クリスマス目前の、オーシャンビューの遥か先に見える都会のイルミネーションが煌めく展望台。デートスポットとして名が知られているこの場所。ここに来るまでに、お互いの関係について傷つかないようにしっかり話し合おうって何度も決意した。でも、ケイの嬉しそうな顔を見る度に決心が揺らぎ、いつも先伸ばしにしてきた。 「そうか…分かった。ごめんな。ヒカリの気持ちも考えずに。ズルズルと関係続けちゃって…」 「ううん。いいの。ケイは何も悪くない。悪いのは、私だから…」  私は罪悪感で。ケイは失望感で一杯で、これ以上会話を続けられない。あまりの気まずさに私は、ずっと拒んできたあれを最後に許すことにした。ケイへの罪滅ぼしとして。 「ねぇ。もう、最後だけどさ。…キス。してもいいよ。」  やっぱり男というのは、どれだけ美しい愛を貫いていても最後はセックスしたがる生き物なのだろう。良いムードになってくると、ケイはよくキスをせがんだ。ケイのことは好きだけど、何故かロマンチックな気分に一歩踏み出せない私は、その度にやんわりと断っていた。  ケイが優しい人で本当によかった。普通なら毎度キスを拒む女なんて、いつ捨てられてもおかしくない。こんな面倒くさい女に、最後まで付き合ってくれて嬉しかった。 「…いいの?あんなに嫌がっていたのに。」 「うん。最初で最後のキスだけど…ケイならいいよ。」  お互いゆっくり近づいて、目を細めて唇を結び合う。プニプニした不思議な感触と甘いと表現していいのか分からない味がする。ほんのり塩味を効かせて。  記念すべきファーストキスはこれといって感慨もなく一瞬で終わり、後には終わったという虚しさだけが残る。 「今日は家まで送るよ。夜道危ないし。」  初めてじゃないのか。それとももう自分の女じゃないから何も感じないのか。ケイはキスの余韻に浸ることもせずに、淡々と私を乗車を勧める。  ベンチシート位しか特徴がない、白い中古の軽自動車。ケイが私と色んな所に行きたいからって、必死にバイトして貯めたお金で買った、何の面白みもない車。手を繋いで、照れ臭くなりながら風を切っていくあの時間は、もう二度と来ないのだ。  私は「ありがとう。」と呟いて、絶景に目もくれず促されるままに助手席に乗り込む。ミラーに反射した、だんだんと鈍くぼやけていく光線の束を見つめながら、車は乾いたエンジン音を響かせてその場を後にする。
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