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赤いものに目がない妖精 赤井四八(あかい・よはち)
今日の洋一郎之介は、朝からご機嫌斜めでした。その理由は一つ。学ランの下に着る白Tシャツを、お母さんが全部洗濯してしまい、お着替えセットにお母さんの物と思われる女性ものの赤いTシャツが置かれていたからです。
家から出てみたものの、女性ものの赤いTシャツなんかを着ていることがバレたらと思うと、二の足を踏んでしまい、動けなくなってしまっていました。
「クソッ。お母さんのやつ! 何考えてんだ! 赤いTシャツなんて女の着るもんだぜ! バカッ!」
どうにもこうにも恥ずかしくて、脱ごうかと学ランのボタンを開け、赤Tシャツを引っ張りました。
その時です。前方から通常の三倍の速度でヒュンヒュンやってくる謎の存在の気配を感じました。
「待ちたまへ!」
「ななな、何やつ!」
その謎の存在は、洋一郎之介の目の前で、キュキュッと止まりました。その姿は、仮面をつけ、三日月をかたどったような飾りをつけたヘルメットを被り、軍服のようなものを着た男でした。
「もしかして……妖精?」
いかにも普通のコスプレ男子のようなスタイルだった為、洋一郎之介は若干怪しみましたが、その謎の男はご名答と言わんばかりに大きく頷きました。
「その通り。私は赤いものに目がない妖精、赤井四八(あかい・よはち)だ。かつては赤い妖精なんて呼ばれたりもしたものだよ」
そう言って、四八はニヒルに笑いました。
「君のそのTシャツ、なかなか素晴らしいじゃないか。何、破ろうとしてるんだね」
「赤いTシャツなんて、女が着るもんだぜ! 俺は男の中の男だから、こんなの着れないぜ!」
洋一郎之介は偏った男の概念を持っていたので、四八に突っかかりました。しかし、四八は、片腹痛いと言うように鼻で笑いました。
「はっきり言う。気に入らんな」
「え?」
四八の高貴っぽい雰囲気に当てられ、洋一郎之介は一瞬たじろぎました。
「だって、だって……。赤いランドセルとか、トイレの女子マークとか、いかにも女の子じゃないか」
「まったく坊やだな、君は……」
四八は、そう言ってまた鼻で笑いながら、洋一郎之介にキスしちゃうんじゃないの?というくらい顔の距離をつめました。洋一郎之介は余計にたじろぎました。
「いいかい。闘牛士をご覧。あれが持っている旗(ムレータと言うがね)は、何色だい?」
「赤です」
「戦隊ヒーローのリーダーと言えば?」
「赤です」
「気合が入った時のふんどしの色は?」
「赤です」
「だろう? どうだい? 男らしいじゃないか。まあまて、百歩譲って女の子の色だったとしよう。だとして、何が悪いのだ? 赤ずきんちゃんは可愛いし、赤いリボンをつけた猫の女の子なんて、このうえなく可愛いし、赤い靴をはいていた女の子は、さらわれるほど可愛いんだぞ」
四八は語りながら、興奮し始めたのか頬を赤く染めました。
「それにな、とある世界では少佐ともなると赤いものを身につけなければならないのだ。少佐と言えば立派な存在だ。どうだ、凄いだろう? 認めたまへ、君が若さゆえに過ちを犯していることを!」
四八の演説めいた訴えに、洋一郎之介もすっかり虜になっていました。彼の頬もまた、赤く染まっています。
「確かに、赤ってカッコいいよ! なんだか俺も、学ランの下の赤いTシャツを見せつけて、金髪のリーゼントにでもしたい気分だ。俺、今から美容院に行ってくる!」
その時です。洋一郎之介の背後で、郵便局のトラックが通り過ぎました。その刹那、さっきまでキリッとさせていた四八の顔がみるみるとだらしなくなりました。
「うひょーっ! 赤だ! 赤だ! 赤いトラックだ~! ひゃっほーっ!」
そう奇声を発して、四八は小躍りしながら、そのトラックを追いかけていってしまいました。
その場に取り残された洋一郎之介は妙に切なくなって、美容院ではなく市民センターへ向かいました。そして、古着回収のバケツに、着ていた赤いTシャツを突っ込むと、そのまま家へ帰りました。
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