赤の証明。

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 少女の夏休みはすぐ終わった。  それでも八月一杯は中年男の世話を、彼の余生の面倒を頼まれているので、少女は朝夕の時間を利用して名もなきオジさんの世話を焼く傍ら、この生活感も社会性もがまるで感じとることが出来ないヒトの人生を垣間見ようと努力を始めた。  届けられる郵便物は、なかった。  訪ねてくる人は、怪しい宗教の人も含め、セールスマンすら来なかった。  いつから中年男がここに住んでるのかはわからないけど、家賃の滞納もしていないらしく、催促に来る大家さんもいなかった。ていうか、このアパート全八室に住んでいる人も元からまばらだった。 「手掛かりがないね」  少女は居間と和室を遮る、茶色く煤けた襖にもたれかかり項垂れた。  最近は個人情報保護法がかなり徹底していて、中年男の親族のふりをして区役所に住民票の提示を希望したが、本人の同意がないと無理だとして許可されなかった。  つまり、もし彼女が中年男のホントの娘だとして、仮に中年男が勝手に転居してどこかの町に住まいを持ったとしても、正当で公的な理由が示せれない限り、たとえ血のつながりが明確であっても住所を教えれないという事だった。 「つまらない世の中…」  隙を見てズボンから取り出した財布の中身を覗き、なかに身分を示す免許証どころか保険証もなく、あるのは商店街の端っこに潰れずに残っている小さなキムラスーパーの領収書と千円に届かない小銭だけ。 「願いましては六百十四円也…ね」  少女は嘆息を長めにして、吐き出すように中年男の全財産を呟いた。
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