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場面はアレックス・ミテラと鈴木茜の会談
プロジェクトの企画書を一通り読み終えたアレックスは興奮気味。
「驚いた。完璧な計画、そして将来にわたって莫大な利益が見込める。これが天才・豊原遍というやつか。本人に会ってみたい」
鈴木茜は冷たく言う。
「それはオススメしません」
「なぜだ」
「彼は、そう、あなたによく似ていますね」
「何が? 顔がか?」
「存在が。頭の良さと財産、この二つってよく似ていると思いません?」
「何を言っているのか、よくわからないな」
「知力にも財力にも様々な形があります。現金や預貯金など資金に相当する〈頭の良さ〉は「智恵」と呼ばれ、株や土地などの資産に相当する〈頭の良さ〉は「知識」と呼ばれます。学歴は言うなればカードのランク、クレジットスコアのようなもの」
早口で解説を始めた茜を制止してアレックスは言う。
「君の喩えは理解した。私が問いたいのは彼の問題解決能力、喩えるならば支払い能力、気前よさについてだ」
「豊原遍は“じゃあ、ここは俺が払っとくよ”と自分のカードを使い、後日みんなから割り勘より多い金額を徴収して回るそんな人間です」
「あまり褒められた態度じゃないな」
「本質的には詐欺師と言って良いでしょう」
少しの沈黙。アレックスは紙束をつつきながら言う。
「このプロジェクトは大丈夫なのか。あの兆国の守銭奴、チュン主席のような目に遭うのはごめんだ」
兆国のチュン主席については後段で語られる。今は、彼が守銭奴に守銭奴と呼ばれるような人物であることを覚えておいて欲しい。
「豊原遍は既に非現実の王国の事業から撤退しています」
「じゃあ、この企画書は……」
「イディオです。シンギュラリティの卵。シンギュラリティはご存じ?」
「知識としては。シンギュラリティ、特異点は人間を超えた人工知能」
「非現実の王国の本質は、特異点を秘密に育てることなのです」
「何故、私にそのような重大な秘密を?」
「イディオがあなたに話すべきだと判断しました。あなたは必ずこのプロジェクトに加わるだろうと、人間よりも賢い人工知能が判断した。そういうことです」
「なるほど。そう言われちゃしょうがないな」
再び企画書を眺めながら手の上で踊らされている自分を感じるアレックス・ミテラ。
「ところで、シンギュラリティ以後の人工の人格は人間の一兆の一兆倍賢いって言うよね」
「ええ」
「つまり、彼は世界一の金持ちということか。君の喩えで言うと」
「いえ。持っているお金の多い少ないなどシンギュラリティにとっては何の意味もないことになるでしょう。お金の流れ、そのものを自由自在に操るでしょうね」
「そうなったら、わがミテラ財団など虫けら同然の価値しかないな」
「そうかもしれません。しかしだからこそ、今、非現実の王国に味方しておく意味があるのですよ」
「何?」
「今のうちに恩を売っておこう、ってことです。シンギュラリティが実現した時、彼らに恩義という概念があるかは分かりませんが、その道筋を支えてきた存在を悪くは扱わないのではないでしょうか」
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