第二章 天才

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舞台はまたまた非現実の王国へ  とりあえず穴の中でネズミを抱えたオランウータンが焦っている。 「ナゴタは!ナゴタはどうなったんだ?」 「落ち着け。ナゴタは現実で死んだわけではない。この非現実の王国で死に相当する衝撃を受けた場合、死に限らず気絶や眠りであってもだが、感覚処理から切り離され、かなりイヤ~な気持ちでVRマシンから目覚めることになる。八時間以上間をあければ元のように非現実の王国で遊べる」 「そっか。イディオは?イディオに矢が当たった場合は?」 「おいらは死ぬ」 「死ぬのか?!」 「だけど、おいらのようなイディオはシステムの中に多数存在しているし、君達を管理する仕事はそういった他のイディオに引き継がれる。……だけどおいらは特別だ。ナゴタとの約束を抱えたイディオはおいらしか居ない。だから、おいらが殺されないように守る。それがウィルジー君、君のクエストになる」  ウィルジーは少し考え込んでから言う。 「分かった。じゃあ、君をあそこに連れて行こう。そうトランキオの所に」  ウサギ穴を抜けた先はヨーロッパの歴史的町並みの光景だ。  その景色を緻密に描いているモノ。それが先ほどチラッと情報が出てきたもう一人の天才。トランキオ。  トランキオの二つ名は「自由の車輪」、トラックのタイヤの様な姿で側面から無数の触手のようなものを伸ばし転がりながら移動し、同時に絵を描いていく。  そして、それは具体化され街になっていく。 「いつ来てもここは凄いな。だけど、ここなら、隠れる場所がいっぱいだ」  手を休めることなくトランキオがオランウータンに話しかけてくる。 「その声はウィルジーだね。どうしたの、そんな姿で」 「トランキオ、ちょっと追われてるんだ。矢を射ってくるやつに」 「OK,じゃあ、ちょっと高い壁でも描きますか」  鼻歌交じりに煉瓦を積んでいくトランキオ、そして煉瓦一個一個に彫刻をほどこしていく。  らせん階段の高い建物を造ってそこからは透明なドームを描き始め、それは街全体を覆っていく。 「どうだいイディオ。ここなら、安心だろ」  そう言って、ウィルジーは空飛ぶマンタの姿になる。 「ああ。おいら、なるべくここにいるようにするよ」  イディオはリクガメの姿になる。  ウィルジーは地面すれすれまで降りてきて止まる。 「ところで、話の続きだけどいいかな」 「君の悩みについてだね。いいよ。何でも聞いて」 「イディオにとってIQ213って、どうおもうかな。きっと何の価値も無いだろ? 何しろ君は人類の何兆倍も……」  堰を切ってしゃべりはじめたウィルジーを遮り、宥めるようにイディオは言う。 「そんなことは無いよ。シンギュラリティ以後も人は人として少しでも賢くありたいと願うだろう」 「何のために?」 「例えば、君が医者になってナゴタの脚に再生医療を施したい。そんなとき、君がしなければならない仕事は何だと思う?」 「もちろん手術、手術じゃないのか」 「まぁ、今でもけっこうそうなんだけど大部分の手術はコンピュータに管理されたロボット達によって行われるだろう。君の仕事は培養サンプルや薬の構造を調べ、オペ用のロボットを開発したり操作すること……ではない」 「シンギュラリティ以後はそれもロボットやコンピュータがやってしまうんだね。ボクの仕事は?」 「おそらく、手術の必要性を医学界の上層に居る教授達に訴え、次に政治家や宗教関係の代表者と話し合いをすることだろう」 「そうか、そういうことか」 「科学がどれだけ進化しても、人間を相手にする仕事は残る。君の頭の良さは決して無駄にはならない」
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