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場面は切り替わりメガリアの大統領府。ホワイトハウスである。
日時はナゴタが最初にイディオに出会った日から二ヶ月前。三月のとある午後。
記者など何人か男達を引き連れて邸内を歩いているメガリア大統領、プロントン。女性秘書が駆け寄り、背中に声を掛ける。
「大統領。兆国からのマジカ・コールが入っております」
「わかった、すぐに戻ろう。君は席をはずしていたまえ。いや、それよりこの方々の御相手を頼む」
「はい」
大統領は足早にどこかに去る。
「あの、マジカ・コールというのは?」
「昔で言うホットラインです。今は電話線など使いませんのでホットラインとは申しませんが……」
秘書は男達に囲まれ、質問を受けているところでフェードアウト。
そして場面は執務室へ。大きなテレビ電話のようなものを使ったやりとり。これがマジカ・コールなのであろう。
「ヘロウ、ミスター・プロントン。当然、ご機嫌だわよね。私からの電話なんですから」
兆国の元首は女性。溌剌としているが相応の年齢。
「ハロー、ホワ・ポンシン主席代理。相変わらず、ひどいメガリア語だね」
「ミスター・プロントン、あなたが兆国語を話せれば問題ないと思いますけど」
「残念ながら、メガリア語の話者にとって兆国語のような表意文字、澗字とやらは難しすぎる。とはいえ、それが貴国にとって途轍もない恩恵であることはご存じの通り」
「我が国のソフトウェア産業のことですね。ええ、澗字と絵文字によってラベリングすることでプログラムの可読性と検索性は飛躍的に増します。アルファベットなんかを使うよりもね」
「あの唯称可とかいう奴がプログラミング言語の天下を取ってから、コンピュータを用いる基幹産業は兆国が圧勝している。まったく、いまいましい」
「しかし、他の技術ではメガリアの方が勝っている。これは認めなければならない。そして兆国とメガリア、二つの勢力は拮抗していることが望ましい。それについては同意していただけますね」
「ああ。パワーバランスの崩れは破滅的な世界大戦を招きかねない。だからこそ、共同宣言にも同意した。我々は内政にも積極的に関与していくが、それは両国間の安定、平和、公正に寄与する時のみである、と」
「大統領、あなたは京国の豊原遍を知っていますか?」
「トヨハラ・アマネ? 知らん。男か女かも分からん」
「男性です。自分で天才トヨハラと名乗っています。実際、まぁ、看板に偽りの無い天才と言えるでしょうかね」
「その男がどうかしたのか?」
「前の前のメガリア大統領、ヘイレン・オライリーが軍事機密費を用いて、その人物にとある依頼をしたようです。極秘に」
「ヘイレン・オライリーか。彼女は何を?」
「兆国のプログラマを用いることなく、自力単独でプログラムの構築が可能なシステムをつくること依頼したようですね」
「そんなことを」
「もちろん、そんなことは許されません。我々兆国がなんとしてでも阻止しますし、京国のプログラマも協力してはくれないでしょう。それよりも!」
「それよりも?」
「豊原遍は別な形でメガリアを裏切ってます。渡された予算はシンギュラリティ研究に回した可能性が高い」
「シンギュラリティだと!」
「そう、技術的特異点を生み出す魔物的なAIが誕生しようとしている。そうなれば世界の支配権は人工知能が取って代わり。我々、兆国とメガリアが世界を半分ずつ分け合おうという約束は宙に浮いてしまう」
「人工知能の世界征服。そうはさせん」
「ああ、元々はメガリアが蒔いた種。責任持って何とかしてくれますよね、大統領」
大統領官邸玄関ホールに戻って来た大統領。取り巻きの記者らがまず一声。
「大統領、どんなことをお話になりました。ひと言、お聞かせください。言える範囲で」
「近いうちに兆国と戦争になるかもしれんぞ」
そう言い残して大統領は歩き出す。沈黙、そして喧噪。
「い、今のは本当ですか!」
秘書は大統領の方に慌てて駆け寄る一人の記者を、腕でつかんで止める。その意外な力に驚く周囲。
「大統領の冗談です」
静かにそう言う秘書。
「さて、早く行かないと人気のマカロニグラタンが無くなってしまう……」
大統領はそんなことを呟きながら足早に去る。
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