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「いやあ、ひでえ雨だ。ごめんよお、唐傘っつぁんいるかい?」
草木も眠る丑三つ時、前がぱっくり裂けた唐傘を頭からすっぽりかぶり、手に小田原提灯を持った一人の子供が、浴びた雨粒をぶるぶると振るい落しながら物置へ入ってきます。
もちろん、こんな雨の降る淋しい真夜中に、子供が長屋のガラクタ置き場になんか来るわけがございません。傘のおばけ仲間の一人、雨降り小僧にございます。こいつが姿を現すと必ず雨が降るっていう少々迷惑な妖怪です。
「おお来たかい、雨降りのお。狭えとこだがそこらへ座ってくんねえ」
「んで、なんだい話ってのは? いくら急ぎの話ったって、なにもこんな雨の夜に呼び出すこたあねえじゃねえかい」
「何言ってんだい。おまえさんがいる所はいつだって雨降りじゃねえか。それに昼間っから俺達おばけが寄合い開くわけにもいかねえだろ。おう、豆腐屋も来てんだろ? 早く入ってくれ」
「こんばんは~失礼しま~す」
続きまして、今度は大きな頭に竹の編笠をかぶり、手に豆腐を乗せたお盆を抱えてまた子供が入ってきます。
こちらはその愛くるしさから江戸の人々の間でも大の人気者、妖怪達の小間使いを務める豆腐小僧にございます。イタチが化けたとも、父は妖怪の総大将たる見越入道、母はろくろ首だなんていうサラブレット説もございますが、定かなところはわかりません。
「さて、さっそく本題といこうじゃねえか。話は他でもねえ。ペルリの黒船以来、巷に溢れるようになった西洋の道具のことよ。靴に帽子にパイプに……あっという間に国中いっぺえだ」
「ああ、最近、街眺めてても確かに増えたねえ。俺もこの唐傘やめて、洋傘風の布張りに替えてみようかって迷ってるんだ」
「おいらもおいらも! 猫も杓子も今や文明開化だからね。この際、編笠やめて山高帽にしてみるつもりさ。そしたら、深川芸者や吉原で太夫やってるろくろ首のお姉さま方にもモテるかもしれないよお?」
「ハァ……情けないねえ。おまえらまで西洋かぶれになってどうすんだよ。それでもこの日本国の化け物かい? それにな、異人はもっとこう彫が深えんだ。んな平べったい純和風な顔で洋風の格好したって似合やしねえよ」
「平べったいとはひでえなあ……ま、間違っちゃいねえけどよ。でも、なんで西洋の道具が入って来ることが問題なんだよ? 便利になっていいじゃねえか」
「そうだよ。夜だってガス燈ができてから明るくなったよお~。月のない夜でも相手の顔がよく見えて、逢引するにもいい感じだよ?」
「馬鹿野郎! おばけが明るい夜を喜んでどうすんだよ、この可愛いらしい外見とは裏腹な色惚けナンパ小僧め! ハァ~……ったく、おめえ達は考えが浅はかだねえ。河童の皿くれえに底が浅えよ」
なんとも危機感のない呑気な二人に、唐傘小僧はもう一度大きな溜息を吐きますってえと、こんこんと説今日するかのように差し迫ったこの大問題を彼らに語ります。
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