第八話 正体

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 私には紀美より以前にキスをしたことがある。とは言っても子供のしたことだから軽いフレンチキスだ。  それは優一との思い出でもあり、父が怒りを露わにした瞬間のことでもある。  ただ、あれほどの怒りを何故父はぶつけてきたのだろう。  理由は分からないが、父の言うとおりに女子校に進学し、優一と会う機会は無くなった。  だが、図書館という公共の場所で、偶然にも再会してしまった。自分の意志ではないとしても、心が揺り動かされたのは事実だ。  その再会は淡い初恋を、大人の情念へと変化させつつあった。  もしかしたら、それは源氏物語を読んだせいかもしれない。今まで感じなかった苦しい思いを、光源氏と共に感じ取ったのだろうか。  大人になるというのは、苦しいことなのだと私は思った。
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