第二話 鶏晨(けいしん)

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「いい? うちの学校は高等部までしかないから、エスカレーター式で上に上がれるのはここまでなの。だから、今からキチンと勉強しておかないと受験の時に困るよ。親は進学望んでるって言ってたじゃない」 「そうだけどぉ」  紀美は不服そうに頬を膨らませる。  いちいちかわいいなと思いながら、心を鬼にして諭す。  ここ花ノ台市は山間に開けた盆地に繁華街がある。最近人口が増えてきたこの地は、その周りに住宅街があるが、空き地も目立つような田舎だ。  聖花ノ台から図書館までの道のりもまだそんなに高い建物もなく、ところどころにある空き地を過ぎると、図書館の建物の頭が見えた。3年前に建て替えられた新しい図書館は、プラネタリウムもある人気スポットになっていた。 「だからね、ちゃんといい塾に通ってね。一緒に居る時間が減っても、私は不満言ったりしないから」  私がそこまで話したところで図書館の前に着いた。  真新しい図書館は、鉄筋造りの頑丈なものだった。災害時には避難場所にもなる。3階建ての1階に図書館、2階は講堂になっていて、3階にプラネタリウム。屋上は普段は開放されていない。その図書館の奥には散策もできる日本庭園がある。全体的に曲線を活かした、柔らかな雰囲気のこの図書館を私は好きだった。  冷暖房の空気を逃がさないの為、二重になっている自動ドアの外の自動ドアを抜けると、図書館の館内に入る。 「紀美どうする?」 「中のベンチで待ってる。本は興味ないもん。それにしゃべってたら怒られるし」 「そっか、まぁ借りる本は決まってるからそんなに時間かからないよ。すぐ戻るから」  紀美をベンチのあるフロアに連れて行くと、私は内側の自動ドアへと向かった。入るとエアコンの冷気と共にインクの匂いがほのかにした。  今日借りる本は源氏物語と決めていた。本当は中学の時に読もうと思っていたのだけど、内容が大人すぎると親から反対されたのだ。高等部なったら読んでも良いと言われているから、夏休みにまとめて読んでしまおうと計画していた。  口元に自然と笑みが浮かぶ。名作中の名作だ。きっと素晴らしい読書になると思われた。  自動ドアを抜けて図書館に入ったところにある返却口に真っ直ぐ向かうと、借りていた本を返す。返却の確認をしてもらうと、その足で古典の作品が置いてるところに向かう。私はあらかじめ、源氏物語のある本棚の場所は把握していた。  ずらりと並んだ、古典作品の背表紙の中から目的の源氏物語を探し出す。図書館では、日々並びが変わる。色んな人が借りて、返却して。その度に司書の人が並べ直している都合上、少しづつずれていく。  本棚の中から一番上の棚に源氏物語の背表紙を見つけると、一冊づつ取り出した。  布地が装丁に使われているその本を優しく人差し指で引っ張り出す。ひんやりとした背表紙が夏の暑さを忘れさせる。この本の中はきっと別世界が広がっていて、雅で情緒溢れる世界は私を虜にするだろう。 「あれ」
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