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第一話 小序
「うちの子に何をしているんだ!」
小学六年の夏、日差しの強い日だった。親戚の家に遊びに行っていた時、従兄弟と公園で遊んでいた私と従兄弟の優一に、父・庄司が怒りの表情で怒鳴った。
その時、丁度私と優一は将来を約束して、初めてのキスをしたところだった。私の指にはクローバーの花で作った指輪がある。
見られていた恥ずかしさと、父の形相におびえた私は動けずにいた。
怒りの形相で私達に近寄った父は、優一の胸ぐらを掴むと右手で平手打ちをした。勢い余って優一は夏の日差しで熱せられた芝生に倒れ込んだ。
私は隣に倒れ込んだ優一を心配してしゃがみこんだ。整った顔の口と鼻からは血がにじんでいる。殴り倒されたのが芝生の上だったのは幸いだった。他には怪我はないようだ。
私がしゃがみこんだのを見て、父はすぐに右腕を掴み、引っ張って立たせた。その時、クローバーの花の指輪も潰されてしまった。
「来なさい、お前はまだ幼いから分かっていないんだ。こいつがどれ程卑劣な真似をしたのか……。これ以上関われば後で傷つくことになる。今後一切彼らに関わってはいけない、分かったね!」
「でも、お父さん……」
「駄目なものは駄目だ!」
有無を言わさない勢いの父の言葉に、その時の私は無力だった。
同い年の従兄弟を置いて、父は私の腕を引っ張る。
「やだよ! 優ちゃん! 優ちゃん!」
泣き叫ぶ私を、優一は見つめていた。
殴られて血のにじんだ顔を向ける優一を、振り返ろうともしない父に引きずられる形で私は車の助手席に強引に乗せられる。
車のエンジンがかかると、嗚咽を漏らしながら私は泣いた。
捕まれた腕の痛みも忘れて、車の中から優一が見えなくなるまで、公園が見えなくなるっても、優ちゃんが追いかけて、私を連れ去ってくれるのを期待した。
でも、そんなことは起きなった。
景色は無情に流れ、私の泣き声は街角に消えた。
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