『吸血秘書と探偵事務所』 昔話①雪女との出会い

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「ふぁああ。おはよう璃亜」 大きな欠伸をかましながらキッチンのテーブルに着く事務所の主。 時刻は朝9時。学生やサラリーマンならすでに登校なり出社している時間帯だが、職業柄彼にとっては朝のラッシュアワーは縁の無いものだった。 「おはようございます、所長。コーヒーでいいですか?」 まるでタイミングを見計らった様に相一の前に露の浮いたグラスが置かれる。 「さんきゅ。――――で、不良娘は?」 相一の問いに長い黒髪を一つに束ねたエプロン姿の璃亜は指先の動きだけで応答した。 細くしなやかな指の先には大きなソファ、そしてその上には淡い水色の着物に身を包んだ少女が大雑把に手足を投げ出しいびきをかいていた。 「一応、警戒しながら一晩待つつもりでしたが日付の変わる頃には大人しく帰ってきてそのままそこに…………」 少々呆れた様子の璃亜がキッチンに向かう。冷蔵庫と食器棚、その他キッチン回りの戸棚をテンポ良く開けていく。 「ようやく所長も起きたことですし朝食にしましょうか。用意が出来る頃にはその娘も起きるでしょう」 「卵は半熟で頼むよ」 「承知してます」 それを合図に璃亜の持つ調理器具がリズミカルな音を奏で始める。 しばしの間手持無沙汰になる相一は着物少女とテーブルを挟んで反対側、もう一つのソファに腰を下ろしテレビの電源を付ける。 映っているのは最近ネットなどで話題になり始めている新人アナウンサーの姿だった。テレビ映えする見目麗しい顔立ちに、朝のニュース番組とは思えない程のフランクな話方が一部の界隈で静かにブームを迎えているようで。 『という訳で以上が今日のお天気でしたー! 今日も今日とて真夏日だから、みんな日射病とか脱水症状には気を付けてねー! え、なんですか? もっと真面目にやれ? いいじゃないですか、お天気コーナーくらい…………はいはい分かりましたよ。――――えー、それでは続きまして速報ニュースのコーナーです。本日未明○○県××市の路地の一角で20代の男性が1名倒れているのが付近の住民に発見されました。病院関係者の話によりますと男性の症状は低度の低体温症と一致しており発見された場所も繁華街の直ぐ近くであるという事から酩酊状態で一晩野ざらしで居た事だと考えられているそうですが…………、いやあ幾ら夜中だって言ってもそんなに寒かったですかねー? 昨日はむしろ全裸で居ても暑苦しいくらいの熱帯夜だった気が――――あ、いや違いますよ!? 私が普段全裸で寝ているとかそういう訳じゃな――――』 そこで画面は切り替わり次の話題へと移っていった。その一部始終を無言で眺めていた相一は視線をテレビより少し下、対面のソファに沈む着物少女に向けて一言呟いた。 「いやぁ、まさかねぇ」 「どうかされましたか、所長?」
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