源平出世術

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「つまり、霊の存在が生身の人間同士の好き嫌いに影響を与えるということだな」 「そう言うこと。それでだ」と、道明寺は身を乗り出してくる。「俺が考えるに、お前の会社では平氏の霊に憑かれた者が実権を握ってるんだ。だから、平氏の霊に憑かれた者は出世がし易いんだ。仲間意識があるからな。お前の方がよく知ってると思うが、仕事ができるからといって出世できるとは限らないんじゃないか。当人の人脈や会社内の政治力学などが左右するという理不尽もあるんじゃないか」 「それは否定できないだろうな」 「だから、幽霊が出世に影響することも同じようなもんだ、気にすることないぜ」  人のことだと思って、道明寺は無責任なことを言う。  僕は島本課長のことを思い浮かべた。昨年の定期異動では、一課の課長になるのは宮内係長だというのが、衆目の一致するところだった。ところが、課長に昇格したのは、宮内係長の一年後輩にあたる、当時は係長の島本課長だった。年功、仕事の技量を考えれば宮内係長のほうが適任だと誰しも考えたものだ。一方、宮内係長のほうは、スタッフも十分いない地方の営業所の所長代理に「栄転」して行った。  もう確かめることはできないけれど、宮内さんには源氏の霊が憑いていたのではないか。平氏にとって源氏は蹴落とす対象でしかないのだ。今の会社にいる限り、僕は一生出世とは無縁の人生を送らなければならないだろう。 「どうした、何を考え込んでるんだ」 「ちょっとな。今の会社、辞めた方がいいのかもと思ったんだ」 「それもいいな。俺のように自由に生きるのもいい」と、道明寺は言って、愉快そうに笑った。 「お前と違って、世間の人は自由に生きられないんだよ。俺は転職する。源氏の霊が実権を握ってる会社を探してな」 「そうだよな。でも、今の会社を辞めて次の会社に行くまでの間、俺と一緒にツチノコ探しに行ってみないか」  道明寺のその提案を、僕は即座に断った。  喫茶店からの帰り道和菓子屋に寄った。店の人に大福餅を勧められたので買って帰った。美味しかった。 「お前、転職しようと思ってるのか?」  猪口の燗酒を一口飲むと、田崎は切り出した。今日、僕が残業を 終えてから駅に向かっていると、田崎が後ろから追いかけてきて、一杯付き合えよ、と誘ってきたのだ。 「それは……」  答えに窮して、慌てて酒をあおる。 「最近よく聞くんだ。お前が、駅や電車の中で転職情報誌を見てるってこと」 「うん、確かに見てるな」僕は観念して言う。 「まっ、俺も会社には色々と言いたいことはあるけれど、何か嫌なことでもあったのか」 「いいや特にこれと言ったことはないけど」  曖昧にごまかした。幽霊のせいで出世できないからとは言えない。 「もう少し頑張ってみないか。そろそろ、俺たち同期からも係長になる者が出るはずだ。ひょっとするとお前や俺かも知れない」 「それはないだろう」  僕は笑って打ち消す。 「だよな」と、田崎はニヤリと笑い、おでんの厚揚げを口に運ぶ。  僕も田崎も口ではそう言ったけれど、内心ではやはり他の同期の者には負けたくないと思っている。それが、会社という組織に属する者の普通の心理だろう。 「同期では誰が一番かな」 「さあな、俺はその辺りのことは疎いからな。今度、安原を飲みに誘って聞き出すか」 「あの、総務の?」 「うん、あいつはずっと本社だ。いろいろと情報を持っていそうだ」  そんな情報には興味なかったが、ここは調子を合わせて頷いておく。 「それはそうと、いい所が見つかったのか」  田崎は話を元に戻す。 「いや、まだ気に入ったところが見つからなくて」  田崎には言わないが、僕は既に二社ばかり面接を受けている。  一社目の会社は、今の会社と同じぐらいの規模の会社だった。あらかじめ会社訪問をして、人事担当者に社内を案内してもらい、管理職に源氏の霊が憑いている者が多いのを確かめた。後日、正式に面接を受けたが、僕の前に並ぶ人事部長や総務部長などの背後には源氏の霊が立っていた。当然合格だなと確信したのだが、結果は不合格だった。  次に行ったのは、会社の規模こそ小さかったが、将来性が見込める会社だった。源氏の霊を従えた社長自らが面接を行ったので、今度こそ合格だと思った。ところが数日して、不合格の通知が送られて来た。  どうしたのだろう、源氏同士は仲間ではないのか。それとも、道明寺の説が間違っているのだろうか。もう一度彼に会う必要がある。
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