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「転職って難しいもんなんだな」
僕はちょっと深刻そうな顔つきをしていたのかも知れない。田崎はしんみりと言い、猪口を口に運んだ。
「まだ転職すると決めた訳じゃないからな。いい所がなければ今のままだ」
源氏の霊が実権を握っている会社に採用されないので、僕は弱気になっていた。
「そうか、俺としてはその方が嬉しいなあ。何せ、飲み仲間が減るのは嫌だからな」
田崎は顔を綻ばせ、銚子を振って酒の減り具合を確かめた。
純喫茶田園に入ると、カウンターの奥からマスターの「いらっしゃい」という声が飛んで来た。僕は「ホットコーヒーください」と答え、この店のたった一人の客が座っている席に向かった。
道明寺は先日と同じ席にいた。椅子の端っこに尻を載せて後ろに反り返るように座っている。気だるそうな雰囲気を全身で表現していた。
「その後どうだ。転職はどうなった」
僕がテーブルを挟んだ向かいの席に座るや、道明寺は尋ねた。
僕は就職活動がうまくいかなかった経緯を話し、
「同じ氏同士だと仲間意識を持つ、というお前の説は正しいのか」
と、疑問をぶつけた。
「俺にとっても予想外の展開だ。なぜかな」
道明寺は思案顔になって口をつぐんだが、直ぐに、
「そうか。源氏であっても仲間の源氏から嫌われてるやつがいたんだ」
「どういうことだ」
僕は首を傾げた。源氏に嫌われている源氏とは誰だ。
「京都から東北まで逃げたけれど、結局は討ち取られたやつ」
「義経か」
「そうだ。お前に憑いてる霊は源義経の霊なんだよ。平氏滅亡の最大の功労者だが、兄頼朝に逆らって不興を買ったやつだ。お前は源氏にも平氏にも嫌われてるんだよ」
成る程、義経か。こいつが憑いている限り、嫌われて出世は望めないということだ。体から力が抜けていって、僕は椅子に沈み込んだ。
「仕事なんかに人生賭けるな。それより、ツチノコ探しに行かないか」
道明寺が快活に笑った。
(了)
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