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怒りに任せて城内を歩いていたクレエは足を止めて方向を変えた。
政務を執り行う城とは別に、城内の広大な敷地には王族が生活をする宮殿がある。今の時間なら午後の執務を始める前の休憩時間だから王は宮殿の自室にいるはず。
王の部屋に向かう為に早足で移動を始めたクレエ。
レストもその周りにいる騎士達も、城内で会う者達の誰もがクレエをたくさんいる下働きのうちの一人だと思っている。Ωにも積極的に仕事を与えている王は保護したΩ達をαに会う機会があまりない下働きや厩舎の馬の世話係などをさせていた。
城内で働いているうちは衣食住に困る事はない為、数人のΩが城で働いている。レストはクレエもその一人だと勘違いしていたが、クレエは訂正するつもりはなかった。
今まで存在を隠して生きてきた二人目の王子がクレエだなんて、きっとレストは信じないだろう。もしも信じてしまったらレストの強い王家への忠誠心から、もうクレエと気軽に過ごしたり出来なくなる。今の関係を気に入っているクレエにはそんなのは嫌だった。
「父上は中に?」
王の部屋の前にはクレエの事情を知る数少ない人間の一人が警護の為に姿勢良く立っていた。王がまだ即位する前からずっと王を警護してきたこの衛兵は出世を望めばすぐにでも高い地位にいける程の信頼を王から受けているのに、この場所を明け渡す気はないらしい。引退するまで一衛兵として王の警護をすると誓っている。
王は周りの臣下にとても恵まれていた。それは王の人柄によるものだ。
「これはクレエ様。ちょうど中におられます」
クレエに頭を下げてから王の自室の扉を叩くと衛兵は「クレエ様がお越しです」と中にいる王に向けて声をかけた。
王の返事も待たずにクレエは扉を開けて中に入る。
そこには丸いテーブルを間に挟み、豪奢な椅子に腰掛けお茶を飲む恰幅のいい王が目の前で同じくお茶を飲んでいるクレエの兄、スエラと談笑していた。
「おお、クレエ、よく来た。お前も一緒にお茶にしよう」
皺の寄った目元をさらに皺だらけにして王はうれしそうに微笑む。
「兄上も一緒でしたか。お茶は結構です」
椅子に座るように促す王にあえて立ったままクレエは腰に手を当てた。
結構です、と言ったのに王付きの従者がお茶を淹れ始めたのに気付きクレエは仕方なく椅子に腰掛けた。幼い頃から人の好意は無下にしてはいけないと教えられてきたクレエには、従者がせっかく淹れてくれたお茶も残すことは出来なかった。
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