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「なぜ……⁉ 動かない!」
「この前は以前彼女と闘ったときに使った糸を再利用したけど、今回のは新品だ。ちょっとやそっとでは切れないよ。 ちなみに、この糸はロープほどの太さがあれば一本でジャンボジェットを持ちあげても平気なレベル」
体育館裏の木と建物の間に張り巡らされた糸は、今回こそしっかりと得物を絡めとる。
「汐里さんのときは、女性ってだけでだいぶ気をぬいて緩めたから、すぐに脱出されてしまったけど、今回は容赦しない」
「ふん! こんな糸すぐにどうにかしてやる‼」
一気に体に食い込む糸と、それを支えている木がしないりだし、しだいに傾きだしていく。
「どうだ! この肉体は刀でも傷つかない、もうすぐでこの拳が自由に動く!」
俺は、急いで彼の背後にまわると、直ぐに敵は背中に筋肉を集中させて後ろからの攻撃に備えた。
そして糸を繋いでいた、校舎の外壁にもヒビが入りつつある。
もっておそらく二十秒ほどであろう。
この糸だけで彼を倒せるとは思っていない、動かないようにするだけでいい。
以前はどこの学園にもあった、焼却炉。
近年の健康、環境問題や法令により役目を終えているが、この学園にも以前使われていた焼却炉が残っていた。
予算の関係で、捨てられずにおり、その焼却炉にある仕掛けをしているので、それを起動させる。
まずは、煙突部分を拳で三回叩き、そして焼却炉中央の扉の隠しボタンを起動後、後ろに備え付けのレバーを思いっきり引く。
コォォォオ。
機械音が鳴り響き、扉が開くと同時に日根野は木と壁を壊し、こちらにむきなおる。
その瞬間、焼却炉内部から一斉に直径十センチほどの弾が放たれた。
一回の発射数はおよそ五発、俺は内蔵されていたすべての弾を発射するように、レバーに仕組まれているトリガーを引く。
最初の五発が命中すると、その弾ははじけ飛び、周囲に白い粉が舞い上がる。
「ぷはぁ、はんだこの粉は⁉ しかし痛くもかゆくもない!」
次弾も五発、そしてまた五発、最後に五発発射されると、その弾は全て命中し、彼の周囲は白い粉まみれになった。
「うぉ、こしゃくな、前が見えない、まさか⁉ 逃げるつもりか?」
最後の最後に、レバーの奥にあった安全装置を解除すると、横に赤色のスイッチが出てきて、それを迷いなく押した。
すると、赤い弾がゆっくり敵に向かって発射され、俺は急いで草陰に逃げ込むと背を低くして衝撃に備える。
赤い弾は、日根野に命中し割れると、少しだけ火花が散る。
その瞬間、彼を中心に爆発が起こり、辺り一面を吹き飛ばした。
『粉塵爆発』
粉塵雲・着火元・酸素、これらがあわさると、巨大な爆発をおこす代物だが、これは通常の人間ならば絶対起動させないつもりでいた罠である。
しかし、今回ばかりはそうも言ってられない。
あの強靭な糸でも傷がつかない体に、人離れした攻撃力、さらに体育館裏という条件を考慮してこの作戦を思いついた。
これは、とっておきの一つで罠というよりも兵器に近いが、元々は軍隊にでも攻められたときにと考えていた。
いや、軍隊レベルに攻められるって考えにくいけど、俺は考えちゃうのよね。
「ゲホゲホッ……。 前回と大きな違いは、この場に彼女のがいないことだよ――いたら、確実に巻き添えになっちゃうからな」
煙がはれてくると、その中にうっすらと立っている人影がみえる。
「おいおい、どんだけタフなんだよ」
一応、その場は瞬間的に真空状態に近くなってもいるので、二重の衝撃が彼を襲ったにもかかわらず、立っているなんて。
この場の切り札を出したこちらとしては、これ以上戦闘を行える要素はなく、逃げようと思った瞬間、その巨体は後ろに、ゆっくりと倒れこんでいく。
「か……会長、我を、お、お許し――」
***
あれは、入学して間もないころ、すぐに虐めの対象に選ばれた。
クラスの中でもとびぬけて人気モノに虐げられる。
そんな日々が再開するだけで、今回も三年間我慢すればよいだけ、そう思っていたが、次第にエスカレートする行為、ついに暴力までふるわれるようになった。
いつものように、部室が並ぶ部屋の裏に呼び出されて、ただ殴りたいだけという理由で、殴られ蹴られ、口の中が血の味で満たされていく。
痛みよりも悔しさで涙が溢れていき、それを見てまた汚いと暴力を振るわれる。
しかし、振り上げられた拳は一向にこちらに向かってこない。
不思議に思い、目を開けるとそこに彼はいなく、少し離れた場所にイケメンであったはずの顔は醜く潰れ、お漏らしをしながら気絶していた。
それを見ていた取り巻きの三人は、ガタガタと震え、目に汚いと罵っていた涙を浮かべながら、腰を抜かし必死に許しを懇願している。
「頼む、頼む、助けてくれ、こいつが全部悪い、こいつに命令されたんで、しかたなくやっていたんだよ」
その声に賛同の意を表す二人、呆れて怒りすらおきない言い訳に虚しくなり、後ろを振りむくと、そこには、風に揺れる白く美しい髪をなびかせて、堂々と立っている女性がいた。
その両脇に、更に黒いフードとマントを羽織った二人の男女もいる。
男は拳を突き出しており、おそらくこの人が先ほどの男を殴ったのであろうと、思われる。
「見苦しい、この糞虫どもが、私の愛するこの学園で、このような行為は絶対許さない。そして、同じ痛みを味わってみないと、絶対理解してくれないであろう。 ならば教えてあげなさい」
そのセリフを聞いた三人は一気に逃げようとするが、それよりも先に回り込んだ女性が男性の顎を蹴り上げると、後ろにのけ反る形で倒れこむ、そこに腹に一発再度蹴りを入れる。
「ゲッ‼」
口から空気が出て汚い音が聞こえると、そのまま気を失い、残った二人は男性の手によって、一発づつ顔面に突きをくらい、一撃で気絶していく。
「こらこら、あまり直ぐに気絶させるな、これでは痛みがあまりわからないではないか」
こちらに向かって歩いてきた白髪の女性は手をかざし、つぶやいた。
「悔しくないか? 自分が弱いだけで、中途半端に力をふるう雑魚に屈するのが? 自分の力で、道を切り開け、さすれば人は必ずついてくる」
その手に誘われるように、握り返すと、今度は左手に持っていた一本の小瓶を渡された。
「後は、自分で決めろ、もし私に従って、この学園を平和にしたいと願うならば、飲め、断っても誰もお前を責めない」
もう既に彼女の虜になっていた。 それは身体を支配するように思考を加速させていき、すぐに蓋を開けると、一気に飲み干していく。
力が欲しい、誰にも屈しない力が、そして助けてくださったこの方へ恩返しがしたい。
そう強く願った。
その飲み物は、強く喉を刺激したが、体の奥底から今まで感じたときのない力があふれ出してくる。
「これは、これは、凄い! 適合しそうだなとは思っていたが、予想以上だよ……では、改めて、ようこそ稲葉山学園へ、君の名前を聞こう」
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