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その日の昼休みは生きた心地がしなかった。
屋上でただ何も食べることなく、むやみに時間を浪費しながら過ごしていると、扉が開き汐里さんが入ってくる。
「先輩、無防備すぎますよ。 それになんですかそれ? 緩み切った顔してますが、大丈夫ですか? やっぱり、もっと大きな病院で見てもらったほうがいいんじゃないですかね?」
心配そうにのぞき込んでくる彼女であるが、俺は心配ないよと告げると、少し足がもたつく足に気合を入れながら立ち上がる。
そのまま屋上を去ろうとしても、こんな状態の俺を見ても彼女は幻滅するどころか、なぜか鼻息を熱くしている。
「やっぱり、先輩は軟弱ですね。 この度重なる戦闘で疲れているんじゃないですか?」
「そうかもね。 本当に情けないよ」
「でも、心配しないでください! 一成先輩のことは私がきっちりとお守りいたします」
右手で任せなさいと言わんばかりに胸を叩くと、それと一緒にわずかに上下する胸部にいつもなら目が行くはずなのだが、今日に限ってはそうもいかず、これは本当に不調なのだなと感じた。
「もし、助けて欲しいときがあったら遠慮くなく呼ぶよ」
「はい! おませください、絶対助けてみせます」
なんとも心強い味方なのだろうか、しかし、今はそれよりも早く放課後になってほしいと願っている。
残りの時間とこの体の状態を考えると少し無理かもしれない。
もう何を食べても、何を飲んでもよい方向へは向かない気がしてきていた。
確かに、彼女の助言通りもう一つ隣街の大きな病院での診察を考えないといけないかもしれない。
しかし、あの場所はあまり行ったときがないので、そこまで罠を仕掛けていないため行くと、不安と恐怖心による弊害を被るが、この際しょうがないと思うしかない。
教室へ戻ると、そこには先ほど声をかけてくれたクラスの女子が水筒をもって、誰かを探しているようで、こちらと目があうと手を振りながら駆け寄ってきた。
「探した! めっちゃ探したけど、どこ行っていたの?」
「ちょっと屋上で、ご飯食べてた」
「え? こんな肌寒いのに? まあ、それはいいとして、ちょっと早いけど、試作の試作みたいなのできたって委員長から渡されたから、フライングだけど少し飲んでみる?」
そう言って、水筒を開けると、しっかりと飲み口は閉められているはずなに、香しい匂いが鼻に入ると、一気に喉と胃があの液体を欲するのがわかった。
「ぜ、ぜひ!」
「そ、そう? 少ししかないから、一杯だけね。 残りは放課後になると思うけど」
トクトクとコップに注がれる液体は、綺麗な琥珀色をしており、まるで美味しい蜜で誘われる虫のように俺はその液体の入ったコップを受け取ると、何も考えずに飲む。
舌、喉、胃、すべてが満たされ、今まで苦しんでいた喉の渇きも徐々に遠のき、体に力が戻ってくるような感じがして、気が付くと渡された液体を一気に飲んでいた。
「す、すごいね……そんなに美味しい?」
「うん、なんか元気がでてくる」
生き返ったような心地になり、空になった容器を渡すと、彼女は放課後に完成するので楽しみにしておくようにと、告げて席に着く。
その後は、不思議と今までの不調が嘘であったかのように快調になって、スラスラと授業内容も頭に入ってくる。
特に変わった行動や薬などを飲んだ覚えがないが、一点だけ思い当たる節があり、それはあの竜眼と呼ばれたジュースを飲んだ直後に体調が回復している。
そして、最初にあれを口にしたときから、何かが変であり違和感の最大の原因で、購買委員会の制作した食品なのがその不安に拍車をかけた。
午後の最後の授業は古典で、なぜこの時間帯にこんな教科を配置したのか、とにかく板書だけもでしっかりやろうと思い、再度黒板に視線を移すと、その焦点がうまくあわない。
なんだ? そして、次第に頭が痛くなり、同時にまたあの喉の渇きが襲ってくる。
しかも、今まで以上に強烈になって自分の体なのに言うことを全くきいてくれず、机に頭を付けてうずくまり必死に授業が終わるまで耐えた。
途中隣の席の友だちが心配になって声をかけてくれたが、冷や汗だらけの顔で大丈夫と言っても信じてもらえず、とにかく休めと言われ、保健室に連れていこうかと提案されたが、断りをいれてまた机に頭を戻した。
「ちくしょう、あいつ、何入れやがった」
ほぼ確信していたが、やはりこれは土岐 ナツメの罠であり、あの竜眼ジュースが最初のポイントになっていたとは、考えもしなかった。
そして、ジュースのことを考えると、体がとてつもなく欲するのがわかり、これは完全に依存症になっているのがわかり、いけないと分かっていても、早く飲みたいという欲求だけが支配していく。
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