第三幕 金髪ツインテは甘い料理

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***  大さじ一杯の計量スプーンに、表面張力を利用してパンパンに入ったあのジュースが、俺の目の前をゆっくり左右に揺れている。 「ほれほれ、口を開けてあーんしてごらん、そうすれば楽になるぞ」  口が震えだし、カタカタと音をたてながら開こうとするが、顎に力を入れてそれを堪えた。 「ほう、まだそんな気力があるのか、思った以上に頑固だが、それもいつまでもつかな」    鼻に近づけられると、体が暴れだすほどの欲求に襲われ、そしてついに頑なに閉じていた口が少しづつ空いていく、そこに彼女は笑顔でスプーンを入れようとしたとき、調理室のドアが大きな音をたてて吹き飛び、その向こう側から汐里さんが現れる。   なぜか涙で溢れている目を閉じ、鼻水まで少し垂れいるが、それでも彼女が今の俺にとって女神のような存在に思えた。 「はぁ⁉ あいつら負けたの? あれだけの戦力と準備をしていても、圧倒的な武力っていうのは、時として如何なる条件もひっくり返してしまうものなんだな。 それに負けてもいいけど、もう少し時間稼ぎぐらいできるかと思ったが、予想以上に厄介だな、お前」 「ふん! もう観念しなさい、あなたに勝ち目はないんだから。」  視界がおそらく塞がっている状態であるが、それでも真っすぐナツメを見返し、刀を構える彼女は、まるですべてが見えているかのように感じられ、なぜか今までの禁断症状も少し落ち着いたように思えた。  それに、今の俺の状況では何もできない。  ただ、彼女とナツメのやり取りを見守るばかりだ。 「なんだ? 偉そうに。 乳が大きいのがそんなに偉いかおい⁉ 世の中狂っている! なにが乳だ、ふざけんな、無いものは無いなりに生きているっていうのに、向こう側から歩いてくるだけで、わかる存在感になんど打ちひしがれたか。 こっちだって、凝視してしまうんだよ! 悔しいけど、これが現実なんだ」  いや、全然意味わかりませんけど、なぜこの場でオッパイに対してそこまで述べる必要があるのかわかりませんが、ほら、汐里さんがどういった顔をすればよいのかわからない表情しておりますよ。  ちなみに、俺は大きくても小さくてもどちらでも構いません!  全て愛があれば! って何度言っても信じてくれないんですよね。主に妹が。 「意味わかんないけど、先輩を返してもらいます。 素直に応じてくれるなら闘わずに済みそうですが」  「はい、そうですって言うと思っているのか? 私は正直言えば現生徒会になんの執着もない。ただのきっかけが欲しかっただけなんだけど、遅かった。 後悔先に立たずって言葉が、ぴったり」 「本当にさっきから話の意図がまったく見えません、でも交渉決裂ってことですよね」 「あのなぁ、交渉っていうのは双方になにかしらの提示がなければ成立しないんだよ、こちらはそれを提示していない段階で、既に交渉も何もないんだよ‼」  殺気が教室の中を埋め尽くしていく。  この小さな体からありったけの殺気が迸り、ビリビリと空間を震えさせた。 「どうやら、私はあなたを見誤っていたようですね」 「今更遅い、この変に調合した料理や香りによる人格操作は私の力の一部、その程度では十二神将には選ばれない、本人にも圧倒的な戦闘力があってこその名称なのだ」 「では、私も本気でいきます」 「来いよ」  一呼吸おいて先に仕掛けたのは汐里さんで、瞬時に間合いを詰めると、縦一文字に大ぶりであるが、スピードのある一撃をおみまいする。  空気を斬りさく音が聞こえると、そこにはナツメの姿はなく、サイドステップで回避したのか、避けた近くにあるテーブルに置いてあった包丁を引き抜く。  それはテレビなどでよく観るマグロ包丁で、刃渡りは六十センチほどあるような立派な包丁であった。 「お前の攻撃はなんて素直なんだ」   「たった一撃避けた程度でなに言っているんですか」 「私は常に多人数を相手に日々闘っているうえに、お前の攻撃が素直すぎて拍子抜けしてしまったよ」 「じゃあ、これはどうですか?」  また同じように上からの一撃かと思ったが、それはフェイントでその勢いを利用した体当たりに切り替える。 「突っ込みが甘い!」  左手で盾のようにそれを防ぐと、右手に持っている包丁を軽々とあげて反撃するが、それを体勢を整えた彼女によって弾かれる。 「チッ! しかし本当に目が見えていないのに、よくここまで動けるな」   「見えてませんが、私にはそれを補うだけの鍛錬を積んできましたので。 それと、あなたの動きに違和感がありすぎます。 無駄も多いうえに攻撃に関してはスピードが遅すぎる」   「だったら、当ててみな」   「絶対後悔しますよ」  深呼吸を入れて、また再度間合いを詰めると、今度は矢継ぎ早に攻撃を行う汐里さん、しかしそれを見事に受け流しながら、僅かな隙を狙って反撃に出ようとするナツメ。 「なかなか、やるな! だが足りない!」 「あなたも粗削りですが、久しぶりに手ごたえ感じます」  あのマグロ包丁で刀を受け止めると、砕けてしまうが、それが起こらないのは、彼女がいかにうまく汐里さんの攻撃を受け流しているのかが伺えて、それほどナツメは守りに関してはかなりの実力がある。  しかし、敵の隙をついて攻撃するスタイルのようだが、それが行えないでいた。  理由は単純に、汐里さんに隙がほとんどないためだ。 「えぇい! まどろっこしい‼」  段々とイライラしてきたようだが、それでも彼女の攻撃が緩むことはない、横、縦、斜め、すべての攻撃が洗練された動きでナツメを襲う。  しかし、一瞬机の角に足をとられ、コンマ数秒攻撃が緩んだ瞬間をナツメは見逃さなかった。 「見えた! 沈めええええ!」  横一撃、スナップをきかせた重さ八百グラム以上の包丁を、その重さを助力に斬りかかる。  そして、その攻撃は汐里さんの腹部に命中したかのように思えた。  ガチンッ!  鈍い金属と何かがぶつかる音が耳に不快感を届ける。   「えう? あれ? 手ごたえが変?」  ナツメが攻撃したのは、たしかに彼女のがら空きになった腹だったが、そこにはなぜか左手に握られた鞘がしっかりとマグロ包丁を防いでいた。 「引っ掛かりましたね」  ニッコリと微笑む彼女は、そのまま蹴りをくりだし、ナツメの持つ包丁を払いのけると、刀で一撃、右肩から斜め方向に命中させた。      
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