閑話 胃袋攻略戦

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 次の日の朝は特別に気持ちが重い。  本来ならば、美人な二人の手料理を頂けるなんて、とても光栄なことであるが、二人は俺にジャッジを頼んで勝者は、今後二度と俺に近寄らないという、意味不明な条件を提示してきた。    しかも、どっちも美味しいというのは無しで、必ずどちらかを選ばなければならない。    これは非常に困った。   「はぁ……」  起きてから何度目になるかもわからないため息に、俺はいつも確認するはずのパソコンメールをチェックするのを忘れており、これが後でもめ事になるとは予想もできなかった。 『兄さん、お母さんから少しお話をききました。 本日の午後には帰国しますので、待っててくださいね♪』  下駄箱に靴を入れると、教室に向かうまで何人かの友だちと会い挨拶を交わすが、いつもより声に張りがないのが自分でもわかる。  そして、教室に入るなり違和感を覚える。 「ん?」  自分の席に座る前に、恐る恐る手を机の中に入れて探ると、一枚の紙を探り当てた。  それを慎重に開くとそこには、細い文字でこう書かれている。 『昼休み、生徒会室にて待つ。 生徒会長 竹中 畔』 「うげ、嫌な予感しかしない」  まずは、二人に連絡をとって、今日の昼に会うのは不可能と伝えると、瞬時に抗議と理由を問うメッセージが流れてくるが、それを一旦見るのを止めてポケットにしまうと、机に座り顔を伏して念仏をとなえることに専念する。  最近まったく授業に集中できていない、これからくるテストに対してどうやって対処していけばよいのか、とくに成績が上位なわけではないが、赤点からの追試や補講は絶対受けたくない。  少し気を紛らわすつもりで、ノートに黒板の文字を写していく。  何かに集中することは、とても大変なことであるが、それが逃避であればわりとこれは楽な方法なのかもしれない。  勉学に集中している間は、彼女たちの未だ鳴りやまない文句や理由を問いただすためのメッセージも、生徒会室に呼ばれることも、全て忘れることができた。    しかし、時間というのはいとも簡単に過ぎ去ってしまい、ついに待っていない昼休みが訪れる。  足が重いが、行かないことには何も進まないうえに、ここに居座るとナツメあたりに見つかりそうで、とりあえず動くことにした。  俺は上の階を目指して階段をのぼっていき、三階の一番奥にある部屋に向かうが、よく思い出すと、この生徒会室を訪れるのは初めてのように思える。  いく用事がなかったのが本音であるが、それはあの部屋に罠を仕掛けていないということも意味していた。 「ふぅ」  緊張しているのがわかり、手と足が震えるが俺の背後には上級生の気配が残っているので、襲われる可能性は低いとみている。  今まで人払いをあれだけ念入りにやっている連中だ、ここで襲ってきたら全力で叫んでやろうと決めた。  コンコン。  ノックを二回、その後に小さな声で「失礼します」と言いながら入ると、そこには薄暗い部屋の奥のテーブルに腰かけている存在がいた。 「よく来た、こっちにきてくれるかな?」  緊張感を高めながら近寄っていくと、その人物の様子がわかりだした。  確かにこの人は稲葉山学園の生徒会長で、よく全校集会で見かけていたが、これほど近くでみたのは初めてだ。  そして、言うならばこれほど薄く綺麗な人を俺は知らない、透き通るような白い肌にそれに負けない髪の色、更に淡くつねに潤んだように動き続けている大きな瞳に吸い込まれそうになる感覚をうけた。 「急に呼び出してすまない」    話しかけられ、意識を取り戻すと改めて心を整えた。 「あの、その用事ってなんですか?」 「君もわかっていると思うが、兄妹である佐々 (ちか)さんの転入の手続きの書類を今から渡すので、それを記入して学園の事務課まで届けて欲しい」  うん? 今なんと申されましたか? 確かに俺の妹の名前は慈であるが、今は両親と一緒に世界中を飛び回っているはず。 「その顔、聞いてないのか? 先日こちらに転入したいという報せを受けてね、学力は海外の学校の単位をこちらに使えるうえに、ずいぶんと頭も良いじゃないか」  含みのある笑みを浮かべながら俺を見つめてくる。  「海外とその学校での成績を考慮して、こちらでの転入試験は行わないので、そのまま来てかまわないが、書類を渡せる人物がね君しかいないんだよ」 「えっと、その話どこまで真実ですか?」 「私が嘘をわざわざ君に伝えるためだけに、ここに呼んだと思うのかね?」 「いや、そうですよね……」 「なら、ちゃんと家族とのコミュニケーションをとっておいてくれ、提出期限は守るように、一応彼女が学園に来てからでもよいが、早めに済ませておくこと。 それと、制服はすでに発注しており自宅に届くようにしてある」   「はぁ、何から何まですみません」  未だに頭が追いつかず生返事を返してしまう。 「ふっ、相変わらず君は凄いよ。 この状況で全然緊張感が伝わってこない、少しは警戒したら?」 「いや、最初はしてたんですが、あまりにも衝撃的でして」   「おいおい、自分を狙っている親玉の部屋に来て、意識をそれ以外に向けられるって時点で十分凄いと思うけど」 「ありがとうございます。 でもなんで俺らを狙うんですか? 日根野からも少しは聞きましたが、こんな大規模なやり方までして」 「なんでかな? 色々理由はあると思うけど、今は教えない。 それに君はウチの兵隊を既に二人も退けた、これは凄いことだよ。 まさかナツメが君ら側に寝返るとは思ってもいなかったけどね」  
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