閑話 胃袋攻略戦

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 終わりを告げるチャイムが鳴り響くと、一斉に生徒たちはホームルームの準備を開始するが、ウチの担任は無駄が嫌いなタイプで、要点の要点をさらにかいつまんで話すと、直ぐに教室から出ていく。  おかげさまで、いつも帰るタイミングは七クラス中で一番を独走している。  しかし、今日に限って、奥様との結婚記念日という話題で馴れ初めを語りだし、他のクラスと同様の時間に終わった。  いや、けっこう話面白かったし、クラスの皆も笑っていたので、これはこれで有りだと思うが、結婚記念日こそ早く帰れよと思ったのは俺だけではないはずだ。  ホームルームが終わると、書類を鞄に入れたか確認し教室を出て玄関で靴を履き替える。  こうも当たり前の日常を感じられるなんて、久しぶりのように思った。  俺の横を野球部の部員が着替えを済ませ、練習に向かおうとしており、それを見届けていると、背後から声をかけられた。 「ちょっと先輩!」  最近になって聞きなれた声の主は少しばかり怒っているようなトーンで、恐る恐る振り返ると、そこには大きなお弁当箱を手に持っている汐里さんがいた。 「ど、どうも」 「話したい事あるので、一緒に少し帰りませんか?」  もちろん答えはYESのみだ、なぜならば声以上に彼女の顔が怖い。  二人で門をくぐるまでに、会話はなく、商店街に入りかかったあたりで、ようやく相手から声をかけてきた。 「なんで、今日はこれなかったんですか?」   「その、ごめんなさい、実は急に呼び出しをくらっていけなかったんだ」 「そうですか、その相手ってもしかしてあの土岐って人ですか?」 「いや、違うよ」  嘘は言ってない、うん、もし生徒会長に呼ばれていたなんて言えば話がこじれそうなので、そこは触れないようにしている。 「それなら、まぁいいかな」   「素直に謝るよ、本当に申し訳ない」 「いいんです。 でも次もし同じようなことがあったら、事前にちゃんと説明してくださいね」 「わかったよ。 約束する」  少し機嫌が収まったのか、表情を和らげる彼女をみて安堵する。 「ちょっと、時間ありますか?」 「うん、これと言って予定はないから、大丈夫だよ」 「なら、そこの公園に寄りません?」  商店街から少し外れた場所に街の憩いの場所とは名ばかりの、管理があまり行き届いていない公園に誘われて、汐里さんの後を追いかけていくと、彼女はすぐにベンチの汚れを自分のハンカチで拭き取り、そこに腰かけた。 「俺も座っていいの?」 「そのためにわざわざ二人分のスペースを掃除したんですが」  ありがたい、俺もそれぐらい気配りできるようにしないと。  隣に座り、思いのほかベンチが狭く彼女との距離も近い、こころなしか良い香りも漂ってくる。   「えっと、その、お昼にこれ食べてもらう予定でしたが、先輩は男の人なんでお腹空いてますよね」    ちょっと意味がわからないが、彼女は手に持っていたお弁当箱を俺に差し出してくれる。 「くれるの?」   「もともと、先輩に作ってきたモノなので、よければ、それに家にもって帰っても捨てるだけですし」  なんだ、二人して捨てるなんて! なんてもったいない。 「いただけるなら、食べたいな」  彼女の性格そのままを表しているかのように、丁寧に包まれた布を解き、蓋を開けるとそこには、可愛らしいおかずが並ばれている。  タコさんウインナーに卵焼きや唐揚げなど、これぞお弁当と言っても過言でない品物に、二重になっていたお弁当箱の下には、少し小ぶりなおにぎりが入っている。 「味付けはちょっと自信ないですが、自分ではよくできたと思います」  顔を少し染めながら箸を手渡してくれる。   「いや、これ凄い立派だよ、 じゃあ遠慮なくいただきます」  まずは、好物の一つである唐揚げをいただく、冷めているがしっかりとした味付けで、ニンニクの香りがアクセントになって、とても美味しい。  おにぎりも一口食べると、そこには胡麻昆布が入っており、かなり渋いチョイスだが、個人的に胡麻昆布と紫蘇昆布は好きな具の一つでもある。 「どうですか?」   「美味しい! おにぎりも甘みがでる感じがするのは、ほどよい塩気があるからかな? 唐揚げも下味ばっちりで、これだけでお茶碗一杯はいける。」    素直な感想を述べると、また嬉しそうな顔をする汐里さん。  その笑顔は見た人を虜にするような魅力を秘めており、少しばかり見惚れてしまった。  しかし、すぐに表情を戻すとクルっと後ろをむいて、なにか呟いている。 「おにぎりと唐揚げの作り方、後でお母さんからちゃんと習わないと……」 「え? 何か言った?」  うまく聞き取れなかったので、話しかけると、慌てた彼女はなんでもないですと、繰り返し俺に食事をすすめてくれる。  一通り食べ終えると、鞄から彼女らしい和風の水筒を取り出すと、その中に入っているお茶を俺に渡してくれた。 「ごちそうさまでした。 凄く美味しかった、汐里さんって料理上手なんだね」 「え? えっと、そうですね……人並みくらいには」  なぜか目が泳いでいる。 とりあえず、今日は美味しいご飯を二度もいただけるなんて感謝しないといけないな、これに甲乙をつけろなんて、とてもじゃないが無理だ。  たしかに単純な美味しさでいったらナツメのサンドイッチは抜群だ。  そこら辺の飲食店でも食べれないレベルだと思われるが、汐里さんのお弁当らしいお弁当も好きだ。  もちろん味付けも良いのは言うまでもない。 「ところで、一つきいてもいいですか?」 「なに?」 「どのおかずが一番美味しかったですか?」 「全部美味しかったけど」 「いやいや、私が聞きたいのは一番を聞きたいんです」  困った、全部が美味しかったのは事実だが、もし一番と聞かれるならばこれかな? 「そうだね、少し形はあれだったけど、卵焼きが一番美味しかったかな。」 「え――!」  それを聞いた瞬間に彼女の大きな瞳が更に大きくなり、両手で口を押える。 「俺って、卵焼きって甘めな味付けが好きで、焼き加減とか味の濃さとかが、全部好みだった」  母親以外の卵焼きをこれほど美味しいと感じたときはない、俺が一人暮らしをするようになって、何度もチャレンジしたが、今は諦めてスクランブルエッグにしている。  久しぶりに食べた卵焼きがこれほど美味しいと感じれたのは、彼女のおかげだろう。  汐里さんは俺の話を聞いているのかいないのか、顔を下に向けながら少しだけ震えている。 「それ……私が作ったやつです……」 「え? このお弁当って全部汐里さんがつくったんじゃないの?」  それを聞いて顔をあげた彼女の瞳は少しばかり潤んでいる。 「なんでもないです! そうです。 全部私がつくりました。 感謝してください!」    顔を隠すように強引に俺からお弁当箱を奪うと、素早く片付けてしまう。  その時になってきがついたが、彼女の手には絆創膏がいくつか貼られていた。 「あれ、その絆創膏ってもしかして」  片付けを終えた彼女は、立ち上がると俺に背をむけて歩きだす。 「たまたま、昨日庭の手入れをしていて切ってしまったんです。 気にしないでください。 それと、ありがとうございます。 美味しいって言ってくれて」 「素直な感想なんだけど」   「その、もしよかったら、また作ってきてもいいですか?」 「いいの? そのときは遠慮なくいただきたいな」   「わかりました。 でもあくまで、気が向いたらですからね!」  それを言い終わると、足早に一人で帰ってしまった。 「一応、怒ってないんだよね?」  少し心配になったが、また作ってきてくれると言っていたので、機嫌が悪いわけではなさそうだ。  俺も家に帰って、今日は晩御飯を食べなくても大丈夫になったので、お風呂の準備をしてゆっくりと夜を過ごそうと思い、帰宅の道につく。  家が見えてくると、朝以上に強烈な違和感に気が付く。  それは、家に灯りがっており、人の気配がするのだ。  親が帰ってくる予定など聞いていなかったので、緊張感が高まり家のドアをそっと開ける。  そのとき、通常なら解除せずに入ると作動する罠が解かれており、これは嫌な予感がしたので、慎重に居間のドアを開けるとそこには見事な桃尻があった。 「え? 尻⁉」     
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