第一章 一幕 プロローグ

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 いつもの玄関にたどり着くよりも、十五分早く着いた。  たった十五分であるが、毎度朝に挨拶を交わす面々がおらず、不思議と別な世界にきてしまったのかと、一瞬錯覚するような感覚に陥った。  しかし、今は命を狙われている立場である。  急いで靴を履き替えると、同じクラスや中学時代からの顔見知りと軽く挨拶を交わすと、自分の教室に入るなり机の中を慎重に調べた。   「やっぱり、無いか」  もし、俺が人を殺すならば、今朝の彼女のような行動は絶対にとらない、もっと効率的に気付かれずに(やる)方法はいくらでもある。    それなのに、彼女はわざわざ手紙で殺害を教えてきた。  これは、きっと彼女なりのルールであると考えるのが一般的ではないだろうか? 一応フェアで正々堂々とこちらに向かってきている。    それが、彼女の(ルール)である確率が高い。     そうそう、それともう一つだけ情報が判明したのだが、それは俺を殺めようとしている彼女の名前はどうやら、蜂谷(はちや)汐里(しおり)というらしい。  なぜわかったのかというと、手紙の末文に自分の名前をきっちりと記載しているのだ。  もし仮に俺が殺されたならば、真っ先に蜂谷さんが犯人であると確定されるであろう。  しかし、これほどキッチリとしているからこそ、卑怯な手段はとらないであろうと予測される。    そして、この学園において彼女の性格がもし俺が想像するような感じであるならば、狙われるのは一人になる時間のみに絞られる。  狙撃、毒殺がピンポイントでターゲットを狙えるが、これは彼女の性格を考慮するならば除外される。    次に考えられたのは、爆破・毒ガスなどの広範囲で殺傷能力が極めて高い手段であるが、正直に言えば、確率は高いのだが、広範囲な点で除外される。  無差別な殺生は考えていないであろう、むしろ考えないでもらいたい。  だから、一応机になんらかの仕掛けが施されていないかをチェックしたが、やはり確認できなかった。  それでも、彼女と俺の戦闘能力の差は歴然である。  何もしなければ、すぐに殺されてしまうが、ただでは殺されない、だから今度はこちらから相手を誘う、そうこの俺のテリトリー(学園内)ならば、負ける気が一切しない。  午前中最後の板書を済ませると、その後は昼食が待っている。    そして、襲うならこの昼休みが大きなチャンスだろう、おそらく彼女は俺が毎日昼は屋上で一人で食べている情報を仕入れているに違いない。  決して友達がいないのではなく、単純に昼はゆっくりしたいというのが本音で、放課後などはよく友だちと遊んでいる。  本当だからな?    だから、あえて屋上にいく、この寒い中屋上でご飯を食べる変態は俺以外確認されていない。  そして、彼女は間違いなく襲ってくるが、なぜこんなことをするのかを問いただす絶好の機会でもあるのだ。  蜂谷さんがフェアで来るならば、俺は常にアンフェアでいかせてもらう。    いつもの定位置で、購買部で売れ残ったパンを頬張る。  しかし、なぜこのパンがいつも売れ残っているのか不思議でならない、このパンは世紀の発明品だと世の中に広く流布するのが、将来の使命と心得ている。  その商品は『世界の漬物紀行』と題され、普通のコッペパンに世界中から激選された漬物が月替わりで入っている。  いつも限定一個しか販売されないが、常に売れ残っているので毎日のように買っている。  そのせいか、俺が買い始めてからシリーズ化されて日々の幸せになっている。  ちなみに、今月のテーマはモロッコで、中身に塩漬けになったレモンが入っていて、プリザーブドレモンと呼ばれているが、この独特の風味がなんとも言えない。  そんな幸せを噛み締めていると、不意に屋上の扉が開き、今朝の彼女が姿を現す。 「先輩って友達いないんですか?」 「失礼な、ご飯はゆっくり食べたい気分なの」   「そうですか、でも、私に襲われるってわかっているのに、ここを選ぶなんて、もしかして覚悟ができたんですか?」 「いや、できてないうえに、負けないためにこの場所を選んだんだ」  目にドスをきかせた表情で、腰には日本刀を帯刀しており、この学園のセキュリティ設定を見直す必要があると、今度のクラス集会の時に議題としてあげなければなるまい。  しかし、一見小柄に見える体系であるが、無論胸は別次元であるのは言うまでもない、それにしても刀の姿がとてもしっくりきている。  常日頃から触れ合っているに違いないと、俺の第六感(シックスセンス)が告げる。   「思い出したよ、たしか蜂谷って俺の父と母の友達だったよな」   「それを聞いてどうするんですか?」 「なんで俺を狙う?」 「……それは――先輩が弱いからですよ‼」  その言葉を発した瞬間に、鞘から日本刀を引き抜くと、素早く間合いを詰めて俺に斬りかかってくる。  最後の一口を中に入れ、自分が腰かけていた柵の下の付け根部分を三回拳でノックすると、彼女の動きは止まった。 「な……。 なんで、こんなことが⁉」 「ごめんね。 君のそのスピードを考えたら、相当強いのが一瞬でわかったから、こっちも最初から本気で行かせてもらった。 確かに俺は弱い、剣も格闘技もダメだけど、我が家は先祖代々、城主を守護する家系……でも最近の対象はお殿様がいない代わりに自分たちなんだけどね」  自分の罠には自信がある。 彼女に破られることはないと思えた。 「非力だからこそ、考えた、そう罠で護ると。 基本的に俺が普段生活している空間には、ほぼ百パーセントで罠が仕掛けている」  自分が置かれている環境を人に伝えるのは初めての出来事だ。   「これは、家訓とか習慣とかじゃなくて、性だね。 どうあがいても罠で護られた空間にいないと落ち着かなくて。 遠出ができないのが難点だけど。 だから、君をここに誘ったんだ。 どうしても聞きたいことが二つあって」  彼女は身体を無数に締め付ける細い糸によって身体の自由を奪われていた。  発動条件は、先ほどの動作で発動し、東北のある企業が開発した蜘蛛の糸と同じ強度をもつ、髪の毛ほどの太さをもつ無数の糸が敵を絡めとる。 「この! 卑怯者め!」 「どう、思ってくれようが結構だけど、こちらの質問には答えてもらう。まずは一つ目、俺の家の玄関を閉めてきてくれたか?」 「はっ……?」 「いや、だから、今朝は慌てて閉めるの忘れてしまったから、オートロックだから、閉じてくれればそれでOKだ」 「だれが、先輩のような卑怯者に教えるか‼」   「そうか、ならば仕方がない、その糸で締め付けようとおもったけど、趣味じゃないから、こうしよう」    俺はゆっくりと彼女に近づき、こう囁いた。 「君の下着が今日はオレンジ色だってことを学園中に知らせる」  その瞬間に、顔は茹蛸のように真っ赤にそまり、縛られているのにもかかわらず暴れだす。 「さあ、述べよ、俺の家の玄関の扉はどうなんだ!?」  「し……! 閉めておきました。 でもどうせ閉めてなくても無断で入ったらそれこそ罠が待っているんでしょ!」    その通りだが、気になってしょうがなかった。 「それは感謝する。 ありがとう」 「では、二つ目の質問だが、なぜ俺を殺そうとするのだ? 言わなければ、この街中に君の下着は――」 「あああああ!」  今にも噛みつきそうな勢いで叫ぶと、渋々といった表情でぼそりと呟きだした。 「それは……。 先輩が私の許嫁だからです」    ふむ、それは初耳な情報であり、隠していたのか忘れていたのか、後で両親を問いただそうと、真昼間の空に浮かんでいるであろう北斗七星に誓った。    正直、驚くといった感情は無いとは、言いきれない。  今朝の一件が無ければ、信じられなかっただろう。  だけど、彼女が俺をこうまでして殺そうとするのには、それなりの理由があると思っていたが、まさか許嫁とは……。   「この学園に、許嫁がいると両親に教わって勉強ができないのに、頑張って努力して入学して、とても楽しみにしていたのに」  彼女の瞳は怒りに溢れている。 そんなふうに見られても、困るのはこちらなのに。  現実は甘くなかったです。 先輩が許嫁なのはすぐにわかりましたが、しばらく観察しても強さを感じることができません」  体に力が入るのがわかった。 まだ彼女は諦めていないと感じられた。 「私は、自分より強い男性が好きなんです。私より強い男性なんて、父親以外知りませんでした。 だからなんの努力もしないで普通に生活して、刀も体術もなにも会得していない人と結ばれるなんて絶対嫌なんです」   「だったら、いっそのこと消してしまおうと?」 「そうです。 でも毒をもったり闇討ちのようなことはしたくありませんでした」
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