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「それは、君の性なんだね」
「はい、私の家系は代々、城主の近衛隊に仕えておりました」
「たしか、同じお殿様にお仕えしていたとは、聞いていたけど、まさか許嫁が登場するとは思ってもいなかったけどね。でも、君はたしかに強いよ。 たぶん並々ならぬ努力をしてきたと思う」
一呼吸置いて強めに言葉を放った。
「それでも、俺の領域では決して勝ことはできないよ」
しかし、彼女は体を震わせながらも俺を睨めつけてくる。
「そんなの! やってみないとわかんないじゃないですか⁉」
そう言い放つと、彼女は身体を縛り付けていた糸を、腰に隠していた小太刀で斬ると、全力で俺に斬りかかってきた。
しかし、彼女の刀は俺に届く前に見えない壁のようなものによって弾かれて宙を舞い、その反動で、後ろに弾き飛ばされてしまった彼女の上半身が屋上の転落防止の柵よりはみ出した。
俺はとっさに駆け寄ると、急いで右腕を掴み、こちらに引き寄せる。
体と体が密着したような状態になり、とても恥ずかしい感情がこみ上げてきたので、適当なことを言って離れようとする。
「え、えっと……まだ続ける?」
ゆっくりと顔を上げた彼女は、耳まで真っ赤にしならが、俺を突き飛ばすと、落ちていた刀を拾うなり、再度こちらにゆっくりと接近してきた。
「認めない、絶対私は認めないんだから!」
「だから、どう思っていただいても結構だけど、せめて命だけは狙わないでくれると助かる」
「違う! 違う! 先輩が私より強いなんて、信じない! こんな卑怯でなんの努力もしない人は認めない」
「卑怯と思われても仕方がないが、一つ訂正するなら、一応努力はしているつもりですが」
人知れず、毎日ビビりながらコソコソと罠を仕込む自分を思い出すと、情けなくなってきた。
「家ならいざ知らず、この学園にこの規模で罠を仕掛けるのがどれだけ大変かわかるかな? どの生徒がどこをどう触って、どう歩くかなんて誰も想像できない、俺以外が罠を発動した場合、いったいどんな被害が及ぶと思う? 最悪人が死ぬよ」
大きなため息を漏らした。 誰にも理解されない、そもそもされたいとも思ったことはなかった。
「そうならないために、発動条件を複雑化したり、日々テストしているんだけど、それを悟られないようにするのも、罠のうちだと習った。だから、君が想像するような過酷な訓練を俺は受けてはいないが、誰にも気が付かれず、日々無駄な努力をしていることだけは理解してくれるとありがたい。 許嫁の件も、俺から親に伝えて破棄してもらえるように手配するから」
ここで彼女が諦めてくれるよう念を押すために言葉を続ける。
「それと、また刀で攻撃しても無駄だよ。 この四国の企業が開発した、アクリルパネル壁の強度は世界が認める強度だからね」
しかし、本当に罠をつかうときがくるとは思わなかった。
泥棒や暴徒が来た場合を想定していたが、まさか許嫁に襲われるとは想定外すぎる。
目の前の彼女は、振るえる手に再度力をこめると、ゆっくり刀を鞘に戻した。
「昼休み終わってしまいますね」
「いいのかい? このまま放課後まで襲うチャンスはないし、それこそ家に入ったら君は手出しできない状況になるけど」
「今の私が、どんなにあがいても先輩に届かないのは実感できました。 そして、少しは認めてあげましょう」
なぜか、少しだけ顔を俯けながら頬を染めだした彼女は、綺麗な動作で向きを変えると、元来た扉を開けて、階段を降りていく。
「まあ、俺は許嫁云々には興味ないけど、とりあえず命だけは狙われずにすむのかな」
軽いため息をつくと、彼女がご丁寧に開けたままの扉をくぐり、階段を一段飛ばしで降りていく、その瞬間もこれまで以上に罠を確認しながら。
そして、恙なく放課後を迎えて帰りの準備を済ませると、玄関まで足早にたどり着く、しかし、そこには何も持っていない彼女の姿があった。
「もしかして、ここで襲う?」
「そんなことは、もうしません」
「ならよかった、けど、他になにか用があるのかい? 昼に言った件は、俺から直接しっかりと親に伝えておくから安心してほしい」
少しの沈黙の後に、おもむろに俺に対して近づいてくるので、咄嗟に下駄箱に仕掛けた罠を発動させようとした瞬間、彼女はか細い声でなにか言っている。
「そ、その許嫁の件なんですが――まだ、保留でいいですよ……」
俯きながら小声でいう声が聞き取れず聞き返すと、「なんでもないです!」と言って、そのまま待たせていた友達と一緒に帰っていく。
「なんだったんだろう?」
肩の荷が一気におりて軽くなった体を少しだけ、左右に動かしながら靴を履くと、ゆっくりと学園を後にした。
***
しかし、そんな二人の様子を伺うように、生徒会室から覗く姿があった。
その姿は淡く、雪のような存在感だがそれ以上に冷たい瞳と、綺麗に整った顔立ちで誰からみても美人と言える存在だった。
「おもしろい人物だね二人とも。 でも、困ったなあ……。 学園であんなことされたら。 ねえ、君たちもそう思わないかい?」
白髪の長い髪の毛を風に揺らしながら、ゆっくりと振り返った先には、四人の人影が。
「もやし! もやしは筋肉にせねばあああああ」
「ちょっとうるさい! 静かにしてくれない、それと離れて筋肉の圧迫感が嫌」
「……。 帰っていいですか?」
「ゴミは排除しなくちゃね」
それぞれの反応を返すが、この場に呼ばれた理由を誰一人として理解していない。
「良く集まってくれた、稲葉山学園の各委員長諸君! 生徒会長 竹中 畔が命ずる。 あの二人に、この学園のルールを教えてやってほしい」
その言葉を聞いた瞬間に今までバラバラに話ていた四人組は、ピタリと会話を止めると、それぞれが真剣な顔で生徒会長の竹中を見つめ返した。
そして、なぜかこれから楽しいことが起きそうな予感に全員が高揚しだす。
「ありがたい、では最初はだれがいくかい?」
「それは、もちろんわた……!」
「われじゃああ! あんな貧弱極まりないボディを一から鍛えなおしてやる!」
一番最初に申し出をしてくれた女性を隣の巨漢が払いのけると、我が一番槍と名乗り出た。
「わかったよ、君に任せた 日根野くん、しっかりと頼んだ」
「承知!」
日根野と呼ばれた男性は、胸筋に力をこめるとそのまま制服がはじけ飛ぶ。
その光景をみて、隣の女性は心底ひいた表情をし、更に隣の男性は無表情を崩さず、残りの一人ははじけ飛んだ服を、せっせと箒でかき集めている。
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