第一章 二幕 押忍! 筋肉応援団現る。

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 次第に広がるヒビに困惑しながら、なんとか活路を模索していると、目の前で拳をくりだす彼から、異様な湯気のような煙が体中から漏れ出していく。   「なんだ――‼」  その現象が起きると、今までの力強い攻撃に影が見えだし、それまで悲鳴をあげていた壁がその声を発しなくなってきている。  それを確認してか、周りの筋肉取り巻き軍団が一斉に日根野を囲み取り押さえると、この場から急いで撤退しいった。  後に残ったのは、空が割れたような感じになったアクリルパネル壁と、居合の型を崩さないでいた彼女に、いつも通りの屋上の静寂だけになる。   「どうしたっていうんだよ急に」 「とりあえず、今回はどうにかなったようですね」    ゆっくりと緊張を解きながら、柄に添えた手を放し、安堵のため息をついた。  自分も罠を解除し、すぐにでも修繕したい欲求に駆り立てられるが、そこは今回は堪えて後回し、早くこの場を抜け出したいと思っている。 「なんか急な展開だったけど、絶対次もくるよね?」 「あの感じだと、またすぐに襲ってくるでしょうね、少し作戦会議しますか?」  その提案に賛同すると、彼女は急いで携帯端末を駆使して何かを探っている。  今度もし今回のように襲われたら、どういった対処ができるか、自分なりに考えをまとめておく必要性があり、もう一度最低でもこの学園内に仕掛けてある罠の再確認は必須だと思われた。 「せ、センパイ……あのですね、もし、その、なんでしたら、私が選んだ場所で作戦会議しませんか?」    振り返るとなぜか、しどろもどろになっている蜂谷さん。  しかも顔は高揚しており目があちこちに泳いでいる。    無理もない、今しがた命のやり取り? を繰り広げた彼女はきっと疲れているだろうし、ここは男子である以上、彼女の提案を受けておくことした。  それに、個人的によい場所ってのは罠がみっちりと仕掛けてあり、彼女にとっては居心地の悪い空間になってしまうのではないかと思う。  俺の快諾を得ると、彼女は嬉しそうに後ろを向きながらガッツポーズをしているが、そんなに行きたいところがあるのだろうか? それはそれで少しだけ楽しみになる。  それ以降は特別な敵の襲撃はなく、順調に学園の外にでると、そのまま目的地まで歩いていく。  いつまでも隣をあるく蜂谷さんの顔は赤いままで、少しだけ気になってしまう、それでも俺の会話にも素直に受け答えしてくれていた。  今まで懸念していた嫌われいる路線は回避できているようで、そこはとても安心できた。    目的地のお店に到着した。レトロな雰囲気が漂う喫茶店のような店構えに、豆電球の柔らかな光量が演出に力を添えている。  ドアをくぐると、香ばしい珈琲の香りに包まれて、それでいて思いのほか店内はにぎわっており、それぞれが思い思いの時間を過ごしている。  それはとても居心地がよく、本をもって何時間でも読書を楽しむのにもってこいな場所である。  一つだけ欠点なのが、この場所は不覚にも初めての空間であるために、罠を仕掛けたときがないのだ。  そのためか、さきほどから妙な緊張をしており、ソワソワと周りをチェックしている。  ここのお客は若い男女の組み合わせが多い、むしろその組み合わせで、だいたいの席は埋まってしまっていた。  いったん案内された席に座ると、初老のお洒落なマスターが注文を受けにくる。   彼女は迷わずミルクティーを注文すると、俺はホットコーヒーを注文しようと思ったが、蜂谷さんの強い勧めで、同じミルクティーを注文することにした。 「蜂谷さん、早速で申し訳ないんだけど、今後どうやって対処していく?」  俺の議題についてなぜか不服そうな顔をする彼女は、鞄から携帯端末を取り出すと数回操作して、QRコードを映し出した画面を近づけてくる。   「先輩、その蜂谷さん(・・・・)ってやめてもらえますか? あまり苗字で呼ばれるの慣れてないので。そ、そそそっそして、あの……よければ連絡先を登録してくれると、今後お互い連携がとりやすいと思うんですよね」  なるほど、連絡先を交換しておくのは今後において、確かに助かると思われる。  彼女のような強者(つわもの)が味方になってくれるのは、普段からビビりな自分にとってはとても頼りになるうえに、単純にこれほどの美人さんと連絡先を交換できるのが嬉しい。  QRコードを自分の携帯端末で読みこむと、そこには新たに登録された名前で確かに蜂谷(はちや) 汐里(しおり)の名前が映し出されていた。  そして、困ったのは名前の件であるが、最近女性を下の名前で呼んだのは、親と一緒にどこかを飛び回っている妹以来で、控えめに言って物凄く緊張している。 「えっと、それじゃあ改めまして、今後もよろしく、その……汐里さん?」 「ちょっと、なんで最後が疑問形なんですか、でもまぁ、合格ってことでいいですよ」    嬉しそうに笑う汐里さんの笑顔に自分の妹もこれぐらい、可愛げがあれば良いのにと思ってしまうが、残念なことにそれは期待できそうもない。 「じゃあ、さっきの話しの続きに戻るけど、今後またやつらが襲ってきた場合に備えて、どうやって対処していくのかってことだけど」  話を切り出したタイミングで、甘い香りの湯気を漂うよわせながら、お待ちかねのミルクティーが運ばれ来た。
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