第一章 二幕 押忍! 筋肉応援団現る。

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 芳醇な香りを楽しみながら、ひと口いただくと、口の中は上等なミルクでコーティングされた紅茶に満たされ、飲み込むと、いっそう膨らんだ良い香りが鼻の奥まで漂っていく。   「よし、それで最低でも彼がどんな人物なのかぐらいは把握しておきたいんだけど、同じ学年としてなにか情報あるかな?」 「それなんですが、私の知る日根野くんってまったくの別人なんですよね。ただ、声の雰囲気とか目に面影が残っていて、それで日根野くんかな? って思ったんですが、予想したとおりでした」  別人? そんなバカなことがあるのかと思っていると、目の前で美味しそうに紅茶を飲んでいる彼女の携帯端末に着信を知らせる音が鳴る。  それを確認して俺に画面を見せてきた。   「これ、さっき友だちにいつもの日根野くんの写真を探して送ってもらったんですが、こっちが私がしっている彼です」  映し出された写真の一部が赤いマルで囲まれており、そこにいたのは筋肉の「き」の字もみあたらない、猫背な男子生徒がいる。  集合写真の端っこに、まるで気配を消しているかのように立っており、確かに目元に面影がある。  身長はそこそこのようで、確かに襲ってきた彼もおなじぐらいに思えた。 「これって本当? 別人って言ってもらったほうが嬉しいんだけど」 「本当ですよ」 「じゃあ、どうして彼はこうなったんだい? 正直言えば、あのアクリルパネル壁にあれだけのダメージを生身の人間が行えるはずがない」 「それは、私も思いました。 どんな強靭な肉体をつくろうが、日本刀の攻撃を受けて無傷なのは不可能です。私直感でわかったことがもう一つあります。 あの筋肉はおそらく造られた筋肉だとおもうんですよ」 「造られた?」   「はい、普通に鍛えたオーラっていうんですか、その雰囲気っていうんですか……ちょっと説明難しいんですが、私にはわかるんですよ、その人がどれだけ努力してきたのか……。 それがまったく感じ取れませんでした。」 「え? 俺が陰で努力しているのは感じとれなかったのに?」  痛いところを突かれたのか、少し怖い顔をすると、真っ白な頬を膨らませて抗議の言葉を投げかけてくる。 「それは! 私が感じとれるのは、その身体を鍛えた感じですよ、先輩のような努力は感じ取れません」  潔いが、なんとも言えない不安な直感である。 「雰囲気が一気に変わったのは、あの変なドリンクを飲んだ直後から急激に変わりましたよね。なんだか、理性も欠如した感じがして、恐怖心っていうのが無くなるんでしょうか? それに刀で斬られて痛くないわけがないんですよ、きっと痛覚も鈍くなってますよ」  確かに、言われてみるとかなり不自然なことばかり起こっている。  どうやら彼の口にした飲み物が少し匂うが、今では調べるすべがない。 「とりあえず、彼が変異っていうか別人みたいになっているのは一旦考えるのをやめて、今後はどうやって対処していくのかを決めたほうがいいと思う」  ゆっくりと舞う湯気を楽しみながら、もうひと口いただいた。  うーん、なんだろう、凄く落ち着く。 「素直に言うと、俺は汐里さんのような戦闘力は無い、皆無って言っても差し支えないぐらいだ」   「そのようですね、たぶんあの拳一発くらったら昇天しちゃいそうですよね」  彼女の言う通りなのだが、なんだか少し、いやかなり情けない状況ではある。  俺は一応この街ならば自分の身は、なんとか自力で守ることは可能だろうが、撃退となるとかなり厳しいと思われた。 「でも、汐里さんも相手に攻撃が通じないのは辛いんじゃない?」 「それは、少し考えがあります。それに、もう一人の棒使いも同時に対処したいのですが、彼のほうは楽勝ですね」   「そうなの? 第三者からみると全員が常人離れしていて、これっぽちも勝機が見いだせないんだけど」 「彼は乳酸をエネルギーに変えることができるってだけで、体は常人ですよ。おそらく、普通の運動能力はかなり低いと思われます。 それにあれだけのパワーを引き出すためにどれぐらいの乳酸が必要なのかわかりませんが、日常の生活や運動では、溜まったときには試合や学園が終わってしまいますよ」    確かに、そう考えるとかなり不便な能力であるのがわかる。  それに燃費も悪そうなうえ、すでに彼女には打開策が浮かんでいるようで、次に出会っても対処可能だそうだ。 「だったら、あの乳酸を見張っていれば、次いつ襲撃されるかおおよその検討がつくんじゃないかな?」  おそらく、次回は朝から体に溜めてくる可能性が高い、だったら一人だけ変な行動していると思われた。  だから、彼の動向を見張っていれば、次の襲撃が予想できるかもしれない。 「これは、憶測ですけど、けっこう早い段階で来ると思います」    それはなぜなのか、それを聞こうとしたが、その前に汐里さんは話しだした。 「来週には、ウチの学園の野球部の試合があるんですよ、そのために応援委員会は全員参加します。そして、彼も一応練習すると考えられますので、練習期間と試合までの時間を考慮すると、今週いっぱいが限度でしょうね」 「それって、再来週までのびるって可能性はないよね?」    俺の疑問には、彼女は顔を横に振って否定を示してくれた。   「延ばすメリットがなさすぎますね、むしろ敵に考える時間を与えないのが普通なのでは?」  はい、その通りです。  ごもっともすぎる意見に心の中で頭をさげつつ、残りのミルクティーを飲み込むと、カップの底に綺麗に描かれたハートが表れ、少しだけ背中が痒くなった。  味や雰囲気は抜群なので、今後も罠を仕掛けるついでに、またここに来ようと思った。  あくまで、罠をしかけるのがメインだけどね。
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