第一章 一幕 プロローグ

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第一章 一幕 プロローグ

 いつもの朝が来た。  この時期特有の肌寒い感じが抜けきらない朝だが、朝日がとても綺麗で好きな季節の一つでもある。  特別なことはない、ただ単純に今日は卵焼きが食べたくなって、いつもスクランブルエッグに、ハムかベーコンとトーストを一枚の、佐々(さっさ) 一成(かずなり)のルーティンを崩してしまった。  それが、こんな悲劇を生むとは卵をかき混ぜているときは、知る由もなかった。  知ってはいたのだが、卵焼きにはそれに適しているフライパンがあると、しかし、俺は思い切って丸形フライパンで制作を試みたが、まさか形を整えている段階で、不思議にスクランブルエッグになってしまったこの卵焼きに、憤りの無い虚無感に苛まれるが、問題はそこではない。    いつも、スクランブルエッグには醤油か時々ケチャップと決めているのだが、卵焼きは断然甘いのが好みなため、味醂(みりん)で味付けをしてしまっている。  つまり、このスクランブルエッグにかなり近いが、味付けは限りなく卵焼きな料理に対し、俺はなにをかけて食べればよいのか迷っている。  しかも、ハムの微細な塩味が乗り移り、下側は甘じょっぱく、上は芳醇な味醂の香りが漂ってきているので、更に迷ったあげく、一つの結論にたどり着いた。  それは、まだ何も塗っていないトーストの上にのせて頬張ると、口の中ですべてが一体になり、至福の時が訪れたのだ。  これぞまさしく三位一体ではなく三味一体と表現しても過言ではないだろう。  「うっし。」  これまたいつものように、制服を着こなし、いつも不在な両親からのメールを一読し終えると、簡易的な挨拶を送り家を出ようとした。  しかし、今日に限ってなにか胸騒ぎのようなモノが襲い掛かり、ついついトイレに二回ほど用足しをするが、その胸のざわめきは抑えれずにいる。  少し迷ったが、玄関の扉を開けると家と道路を挟んだ向かい側に、見慣れない女性が立っていた。  その女性は、俺が通う稲葉山学園の制服を身に纏い、綺麗に整えられた短めの髪に、真っ赤な椿の髪飾りがとても栄えている。  ずっとそこにいたのか、透き通るような白い肌と大きな瞳は少しだけ赤みをおびており、自分の息で手を温めていた。  一言でいうならば、とても美人であり、こんな子が俺の通っている学園にいたのかと思うと、もう少しだけ視野を広げておくべきだったと少し後悔する。  そんな彼女が俺の存在を確認すると、こちらに向かって小走りに駆け寄ってきたのである。  「あ、あのおはようございます! 先輩。」  こちらに向かってくるまでに、再度彼女の特徴が判明した。  それは、とびきりの胸部の持ち主であることが、小走りながらも上下に揺れるソレは、硬く閉ざされた制服という檻をもってしても防ぎきれる状態ではなく、圧倒的な戦力を彼女は持っていた。  知らず知らずのうちに、俺の眼球はその上下運動と一緒に動いており、これは(おとこ)(さが)であると、脳内の神様がお告げする。  「えっと、こんな朝早くからどうかしましたか?」  あの距離を走ってきたにも関わらず、少しも息が乱れていないのをみると、おそらく運動部系の人と思われた。    「そ、その朝早くからすみません、これ受け取ってほしくて。」    そう言って、手渡されたのはピンクを基調とした、小奇麗な封筒を一通渡された。  その瞬間に、俺の心臓の鼓動は早まり、経験したときのない汗が流れ落ちていく、これは俗にいう恋文(ラブレター)と呼ばれる代物なのではないだろうか。  俺は、逸る気持ちを押させ、比較的冷静な装いで、この封筒を開けて良いのかと尋ねると、彼女は快諾してくれた。  丁寧にその封筒を開けると、そこにはとても達筆な文字でこう記載されていた。  『あなたを二十四時間以内に殺します。』  なるほど、まったく理解ができないうえに【殺】の字に物凄い気合を感じる。  達筆なうえに、とめ・はね・払いが特に決まっているのが【殺】の文字であり、彼女の並々ならぬ気迫が伺える。  「あの、これ意味がわからないんですけど…。」  右手の人差し指で顳顬(こめかみ)を二回撫でるよう掻くと、先ほどの何か嫌な感じが更に広がってきている。  「いやですね、先輩って、そのままの意味ですよ!!!!!」  そう言い放った彼女は、腰に隠してあった小太刀を抜き取ると、俺に向かって飛びかかってきた。  その動きはとても機敏でいて力強く、彼女の身体能力の高さが垣間見えた瞬間であるが、俺は殺意のこもった攻撃に対して、後ろに少しだけ下がり、玄関に備えつかられているインターフォンのちょうど裏側に設置されたボタンを押すと、今まで彼女がいた場所めがけて天井からトタンでできたタライが、綺麗な頭めがけて落ちてくる。  「フゲッフ…。」  そのトタンでつくられたタライは、見事に彼女の脳天を直撃し、後ろ方向に倒れていくが、俺はその瞬間を逃さなかった。  ヒラリと揺れるスカートの奥に見えたのは、オレンジ色の下着で、個人的な好みをいうならばとてもナイスなチョイス(選択)と言えるのではないだろうか。  しっかりと、眼球と脳にそのシーンを焼き付けると、俺は急いで逃げるが、後方からは声にならないうめき声をあげながら頭を押さえている彼女の声が聞こえてきた。  家から二百メートルほど走ると、そこは商店街になっており、人通りや車の往来も多くなる。  さすがに此処では、襲われまいと思い息を整えながら少しだけ早歩きで我が母校である稲葉山学園まで歩いてく。    その道中でもう一度よく状況を確認すべく、手紙を見返してみたり思え返してみるが、彼女は俺のことを『先輩』と表現しているので、ほぼ確実に後輩であるのは間違いない。  そして、俺が二学年であるからして一学年であろうが、命までを狙われる理由がわからない。  そこで、再度手紙を読み直すと、端に小さく何か書かれていた。  『もし、二十四時間以内に殺せない場合は、きっぱりと諦めます。』  なるほど、どうやら俺が生き延びるためにはなんとしてでも二十四時間生き延びる必要があるわけで、そのためにはいち早く学園に到着しなければならない。
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