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spare key
「うーん…………」
鉄板上のお好み焼きとにらめっこする直斗に、いつも通りカウンター隅の席に座る浅野は「あぁ」とつぶやく。
「今日は金曜日か」
古くからの常連である浅野は三日に一度のペースでこの店を訪れるが、店主である直斗がこうやって眉間にしわを寄せてお好み焼きを焼くのは金曜日だけだ。しかも時間は二時前、店が休憩に入る直前の時間と決まっている。
「そんな難しい顔で焼いてもな」
到底おいしいものなどできそうにない。それでもこれだけは譲れないと、「よし」と言う掛け声とともにへらでひっくり返す。
そんな直斗の様子にやれやれとため息を吐いた浅野は、「おかわりくれる?」とガラスコップを軽く持つ。空のコップによく冷えた麦茶が注がれるが、注いだのは相も変わらず鉄板をにらんでいる直斗ではなかった。
「遥香ちゃん、ありがとね」
浅野の礼に、遥香はわずかに頭を下げる。言葉数も少なく表情豊かともいえない。けれどそれが遥香のデフォルトであると知っている浅野は、気にすることもない。
「しかしなぁ、あいつがこんだけお好み焼きを食べてほしいやつって、いったいどんなやつなんだよ。遥香ちゃんは知ってるの?」
浅野の問いに、遥香は答えず、ちらりと直斗の方を見た。直斗は質問が聞こえなかったのか、聞こえないふりをしているだけなのか、まるで顔を上げない。
そんな二人の様子に、浅野は再びため息を吐く。先ほどよりも大きな、わざとらしいため息を。
「ったく、こんなかわいい子がいてくれるのに」
浅野の言葉に、さすがの遥香もスルーするわけにはいかず、困ったような表情を浮かべた。
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