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「咲妃さん!」
「あー、おとなりくーん。……あいたたた。転んじった」
「そんなに酔って……危ないですよ」
「うるさいなーあたしだって飲みたい時ぐらいあるのー」
まるっきり酔っぱらいだ。
「僕はただ……咲妃さんが心配で」
「なぁに──ひょっとして拗ねてるの? じゃあこれから家来て一緒に飲む?」
「僕は未成年です」
「かわいくないわねー」
言いながらケタケタ笑う咲妃さんは、僕が知らない咲妃さんだった。
でもその咲妃さんですら、僕には可愛らしく、大袈裟に言うなら愛おしく見えた。
それがなんだか悔しくて、いつもの仕返しとばかりに僕は意地悪を言いたくなる。
「寂しいんですか?」
「寂しいわよ」
想像に反して、咲妃さんは声を落としながら素直にそう言う。
その表情が──ああ、まただ。時折みせる表情だ。
さっきの男も、咲妃さんのこんな顔を見たのだろうか。
どす黒い嫉妬が込み上げてきて、自棄に近い言葉を吐き出してしまう。
「寂しければ誰だっていいんですか? あんな軽薄そうな男でも。──それなら僕だって」
「よく知らない人の悪口は感心しないよ。そりゃあの人にも下心はあったんだろうけど、それはキミには関係ない」
咲妃さんは打って変わって僕をキッと見据える。
目の周りは変わらず赤く染まっているが、さっきまでのどちらかというと弱々しい女性の顔から、まるで母親のような顔に変わる。
こんな時、自分がどうしようもなく子どもだと痛感する。
僕がもう少し大人だったら、もう少しスマートに咲妃さんを介抱できたのだろうか。
もう少し大人だったら、如何ともし難い歳の差にやきもきとすることもなかったのだろうか。
僕はせめてもの強がりで、目をそらさなかった。
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