潮風と憂いの笑顔

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 そして、三十分後。  少女は「報告待ってるよ」と言って僕を送り出してくれた。  家の前で、咲妃さんの家の扉が開くのを待つ。  隣人なのだから、自分の家で待っていてもよさそうなものだが、それだとそわそわして落ち着かない。一つの場所を集中して見ている方が、心は落ち着く。  そうしてしばらく。  ドアを開けるなり僕と目が合った咲妃さんは──たった三十分でどうしたらこうも変われるのかと驚くほどの変身を遂げていた。  大人の女性が凄いのか、咲妃さんが特別なのか。僕はとにかく、ドキドキした。 「なんかこういう改まったお出掛け久しぶりだわー。で、お隣くんはどこにエスコートしてくれるのかな?」 「……!」  ノープラン。全く何も考えていなかった。  咲妃さんに『デートのお誘い?』と言われて、完全に舞い上がってしまった。 「ま、そんなことだと思ったけどね。急だったにしても、誘ったからには考えておくのがマナーだぞ」  咲妃さんはあからさまに動揺する僕を、意地悪に笑う。 「仕方ない、今日はあたしが行き先決めてあげるか」 「あ……! はい!」  スタスタっと歩き出す咲妃さんの横に、慌てて並ぶ。ふわっといい香りがして、横顔はとても綺麗だ。  初夏のきつめの陽射しを少し和らげる穏やかな風が二人の間を吹き抜けて、それはとても心地良かったが、それにすら邪魔されたくない。咲妃さんといると、心がだいぶ狭くなる。  電車に乗る。咲妃さんと肩が触れる。右を向くと、咲妃さんの顔がある。  睫毛はくるっと上を向いていて、ほんのりと施された化粧が、多少であっても僕の為にという部分があると思い上がれば、それだけで僕の心には翼でも生えてきそうだった。
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