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目的の駅で降りて、しばらく歩くと潮の香りを孕んだ風に頬を撫でられる。
空は高く、どこまでも抜けていく青。
「港沿いの公園で大道芸のフェスやってるんだって」
眩しさに手をかざして眉をひそめながらも、咲妃さんは口元に笑みを湛えて言う。
陽射しよりも、そんな咲妃さんの唇に僕はクラクラしてしまう。
「お、なんか盛り上がってるっぽいね」
公園の入口が見えるくらいの場所にかかると、スピーカーから楽しげで安っぽい音楽が音が割れた状態で聞こえてくる。
ややあって、歓声と笑い声。拍手。
「あっちには屋台も出てる!」
咲妃さんが指差した方には派手な幟が出ていて、ほんのりと漂う白煙は美味しい匂いを携えて上空に伸びる。
「行こっ!」
僕の腕を引っ張って駆け出す咲妃さんの普段見せない一面は、必要以上に僕の息を弾ませる。
「何食べよっか? 定番? ご当地的なヤツ? 両方いっちゃう?」
人でごった返す広場には家族連れやカップルが皆笑顔でいた。
端から見たら僕と咲妃さんはどう見えるのだろう。──せいぜい姉と弟か。
「適当に買ってっちゃうよ! お隣くんは席取っておいて!」
普段は人工的に整備された芝生が広がるだけのスペースに、今日は簡易的なテーブルと椅子が出ている。
運良くちょうど空いた席をとって待っていると、咲妃さんは両手いっぱいに食べ物の入った袋を抱えてやってきた。
「ご当地的な焼きそばでしょー、ご当地的なたこ焼きでしょー、フランクフルトに、南米的な肉の焼いたの!」
嬉しそうに一つ一つ説明しながらテーブルに広げていく。
「で、あたしはもちろんコレ!」
と、最後にビールの入ったプラスチックのコップを置いて、咲妃さんはようやく座る。
「かんぱーい」
ご機嫌な咲妃さんは、ニコニコしながらボクのペットボトルにプラスチックを合わせる。
「こんないい天気の真っ昼間に生ビールとか最高だよねー。早く大人になりなさい」
咲妃さんは本当に楽しそうに笑う。
「咲妃さん、こういうお祭りっぽいの嫌いじゃないんですね」
「えー? なんで?」
「いや、花火誘って断られたから」
「…………」
笑顔を張り付けたままといった表情で、咲妃さんが黙る。
「花火ってさ……」
そして、ぽそっと切り出す。
「上がった一瞬は綺麗に見えても暗闇の見えないところでは灰が舞ってるんだよ……なんかそのギャップ、やるせなくない?」
「…………」
咲妃さんの言っていることは、分かるような分からないような。
「食べないの? ぼんやりしてたら全部つまみにしちゃうよ?」
「! 食べます!」
急いで割り箸を掴む僕を見て、咲妃さんは満足そうに頷いた。
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