潮風と憂いの笑顔

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「何か、悩み事でもあるんですか?」 「なんでー? 急にー」  はぐらかす、という感じではないが、咲妃さんは笑顔で首をかしげる。 「咲妃さん、たまにものすごく寂しそうな顔してます」 「うーん。まぁ、ね。生きてりゃ誰にでも悩みの一つや二つあるよ」 「でも、凄い深刻そうです」  僕の心配顔に、「仕方ないな」とばかりにまた一つため息をついて、咲妃さんは口を開く。 「……蛇とかさ」 「蛇?」  思いも寄らない単語が飛び出し、目を丸くする。 「成長するために、古くなった皮を脱ぎ捨てるじゃない」 「なんですか、急に。──脱皮ですか?」 「そう。脱皮。成長した蛇がどっか行っちゃっても、その場には脱ぎ捨てられた古い皮が残るでしょ? ──生まれ変わり損ねていつまでも同じところにある、そういう抜け殻」 「…………」 「それが、あたしなんだ」 「…………」  どういう意味なのだろう。直接的な比喩なのか、それとも暗喩なのか、全く分からない。  ──が、咲妃さんは何かとても後悔していて、それが時折咲妃さんを苦しめているのだろう、ということだけはなんとなく分かった。 「はい! この話はお終い!」  謎を残したまま、咲妃さんは手をパンッと叩いて一方的に話を片付けた。 「あのねぇ、お隣くん。デート後半に女の子の古傷に触れようなんて十年早いよ」 「あてっ」  微笑みながら額を小突いてくる咲妃さんに、僕もそこをさすりながら、笑顔を返す。  気にならないはずがなかったが、今の僕では間違いなく力不足だ。
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