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「ねぇ、おにーちゃん」
「な、なに?」
「私もピエロさんのお祭り行きたい」
「え?」
「連れて行って。明日」
僕に頭を抑えられたまま、上目遣いで見上げてくる姿に思わず「うん」と呟いてしまった。
「いいの? うわーい! やったー!」
安請け合いしてしまったが、喜ぶ少女を見ていると、まぁいいか、という気持ちになる。
何よりドサクサで手を離すことができたことに、僕はホッとしていた。
「ねぇ、花火あがる?」
「花火はあがらないな。そもそもそんな暗くなるまでのものじゃないし。暗くなったら大道芸見れないだろ?」
「そっかぁ。残念」
花火に対するこだわりで、少女はわかりやすく肩を落とした。
それはまるで、お預けを食った小動物か何かみたいだった。
しかし少女はすぐに気を取り直して、喋り始める。
「私ね、小さい頃行ったときにね、手品のおにーさんにウサギさんのぬいぐるみもらったことあるの! 帽子の中に入った本物のウサギさんが、ぬいぐるみになったの!」
今この瞬間に目の前で手品を見たかのように目を輝かせ、身振り手振りで説明する。
少女にとって大切な思い出であることは、容易に想像できた。
だからこそ、今度はプレッシャーを感じる。
「あんまりハードル上げるなよ……今日はそういう手品師いなかったし、お前の母親ほど楽しませられるかどうか……」
「なんで? すごい楽しみだよ?」
キョトンとする少女は、小首をかしげる。本当に表情がコロコロ変わる子だ。
「……まぁいいや。じゃあ明日の昼頃、家で待ち合わせでいいか?」
「うん!」と大きく頷く少女は、今度はまるで誕生日かクリスマスのプレゼントを待ちわびる子どものように、瞳を喜びの色に染め上げていた。
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