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「で、本当に俺のあれはヒートだったんでしょうか?」
「そうですねえ……お薬無しで冷静に居られたんですね?」
「はい」
「私が直接見たわけではないのではっきりとは言えませんが……本当に軽いヒートだったとは考えられます」
「軽い、ヒート……」
「ヒートの症状は人それぞれです。性交したいという衝動に駆られる場合、全身に倦怠感が現れる場合など、いろいろあります。青葉さん、その時はどのような感じでしたか?」
「どうって言われても……その時は頭がふわふわしてたから……先生、軽くてもヒートはヒートですよね? それじゃ、俺はできそこないじゃなくなったってことですか?」
「できそこない、ですか……そんな言い方は良くありませんよ」
先生は息を吐いて俺を真っ直ぐに見た。
「とにかく、これからは定期的にヒートが訪れる可能性があります」
「そっか……ちょっと一安心です」
「安心している場合ですか。青葉さん、これからはふらふらしてはいけませんよ? 真剣に恋愛と向き合って、たったひとりの人を見つけて下さいね」
「たったひとりの人……つがい、ですか?」
「そうです。貴方を支えてくれる人が必要となって来るでしょう。可能なら、昨日の男性を……」
「先生、あの人は無理。そもそも住む世界が違いますから。俺、恋愛するなら金銭感覚が一致する人が良いですし」
「そうですか……では、良い出会いがあることをお祈りしています……お薬はいつもの通り出しておきます。もし合わないようでしたら、いつでも相談に来て下さいね」
「はい。ありがとうございました」
診察室を出て、会計を待つ。
良い出会いか……ママにも同じようなこと言われたな。
けど、人を愛するってどうやって? いつもそこで止まってしまう。
――また抱かせてね、青葉君。
「っ、」
遠い記憶がよみがえる。気分が悪い。
自販機で水でも買おうかなと思って立ち上がったその時、会計の受付で名前を呼ばれた。俺はポケットから財布を出してそちらへ向かう。土曜日の病院は混んでいる。この曜日は月に二回しか診察を行っていないからだろう。これだけの患者をさばくのは先生も大変だろうな、なんてことを思いながら、俺は五千円札を財布から取り出しして会計を済ませた。
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