一晩の愛

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一晩の愛

 本当の自分って、いったいなんだろう。  そんな悩みを抱えて数十年。月日が流れるのは早いもので、俺は大学を卒業してそこそこの会社に就職。社会人になった。面接では希望に満ちた明るい青年を演じたけど、実際のところは冷めている。最低限の収入と、帰る場所がある生活が出来れば良いや、って思ってるだけ。特に趣味も無いし、貯金だけが貯まっていく。こんな人生で良いのかな。なんて考えても仕方ないか。 「青葉。前言ってた書類なんだけど」 「ああ、出来てますよ! これ!」  俺は先輩に書類を渡した。先輩はちょっと驚いた顔をしながら、手を出してそれを受け取った。 「青葉はいつも仕事が早いから助かる」 「どうもー。それだけが取り柄です!」  笑いながら作業に戻る。  パソコンに向き直る前の数秒、俺の目線は先輩の指に集中した。  綺麗な、銀色の指輪。  ああ、駄目だ。相手が居る人と寝る趣味は無い。後から余計な揉め事に巻き込まれるのは御免だしね。  俺は意識を打ちかけの画面に集中した。今日も定時で帰ろうっと。気が向いたらいつものバーに行って……誰か相手を見つけよう。  一夜限りの相手で良い。  この虚しい心を埋めてくれるなら……。  恋愛のことになると恐ろしく不器用になる俺は、今まで特定の相手を作ったことが無い。けど、一回だけの相手なら上手く立ち回れる。  本当はこんなんじゃ駄目だって分かってるけど……止められない。だってさ、俺のことなんて愛してくれる人なんか現れるわけ無いんだから。 「早く、終わらそっと……」  ひとり呟いた言葉は、キーボードを叩く音にかき消された。時刻は午後四時。終業時刻まであと一時間だ。
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