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コーラ缶
無声慟哭の心がない少年と、正しいなんて知らないの殺人鬼と、あの女の子の、コーラ缶を巡る話。
そのがきんちょと出会ったのは、まあお互い、誰にも見られたくない秘密を見られたときだった。そのときおれは人を一人殺してそれを引きずっている最中で。がきんちょはおれをたしかに目撃した、後にも先にもただ一人の生きた人間だ。
忘れもしない、そのときがきんちょはゲーム機で遊んでいた。きっと、ゲームしながら歩いていたらこんな裏路地に迷い込んでしまったのだと思う。こんな掃き溜めが通学路だと言うのなら、こいつは間違いなくスラム街出身だろう。
がきんちょはおれと死体を見、たしかに存在を確認した後、信じられないような行動をした。逃げた?大声をあげた?そんなのは普通だろ?
そうじゃない、このがきんちょは、手にしていたゲーム機を、セーブしてランドセルの中にしまいこんだのだ。ものの数秒、ボタンを押す音と、ぴろりんと軽快な音が鳴ったから、セーブだと思う。その後電源を落として、落とさないようにと機器をランドセルのなかに入れた。目の前に、人を殺した人間がいるのに。なんだこいつ、って思ったよ、おれはね。
樹だってあんな死体みたいな人間だけども、人の心はあるんだ。樹自身は心なんてないって思ってるみたいだけど、心がないならおれのことで悲しむなんて、有り得ないってことがわからないらしい。まあたしかに、少々鈍感であるけど、実際目の前に人を殺した人間がいたら、樹だって逃げ出す一択だ。なんでお前から逃げなきゃいけないんだって、笑ってきそうだけど。
まあそんなんどうでもいい。
問題は目の前のがきんちょ。逃げられたら困る、大声を出されたら困る。だけどおれは復讐以外はしない......ことにしている。今危うい状況だけど。
しかしおどろいたことに、こいつ、逃げ出すそぶりは一切見せず、おれと対峙していた。その顔に、恐怖は少しも入っていない。それを見て、思った。ああ、樹以上に痛覚を持っていない人間が、いるんだなあって。しかも、こんながきんちょが。
「............」
「............」
おれとそいつは、しばらくの間見つめ合っていた。折れたのは、向こうだった。
「おれのこと、殺す?」
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