コーラ缶

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 まるで小学生のように子どもじみたことを言えば、がきんちょは押し黙る。やっぱり、あれは見られてまずいところだったか。こいつみたいな人間は聡いから、自分と他の人間と違うことに気づきやすいのだろう。そして、その違いは他の人間にばれてはいけないことを、この年でしっかり理解しているのだ。  大方、親にでもばれたら面倒なのだろう。身なりがいいし、相当親に可愛がられているはずだ。まさか、自分の子どもがカッコウの托卵のように、愛情を受け付けない別の生物に取り違えられているとも気づかずに。  そんな親に自分の内側のエイリアンを気づかれるのは、このがきんちょだって避けたいはずだ。だからつまり、お互い見られたくもない、明かされたらまずい秘密を握り合ってしまったのだ。そんなおもしろい話、あるかねぇ。  がきんちょは言わないことを決めたようで、興味の失せた目を足元のアリに向けていた。そしたらコーラの缶を傾けて、アリたちに注いだ。溺れ殺そうとしているのかと思ったが、コーラの糖分を餌として与えたようだ。 「お兄さんは、僕と同じ?」 「いいや、おまえよりまともで、おまえよりこじらせちまってる」  だっておれは幽霊で、だけれども痛覚も感情もあるのだ。人を殺して何も感じていないと思われるなんて心外だ。何も感じる心が無ければ、おれはもうとっくにここにいないし、人だって殺してないぜ。まあ、初対面にそこまで話す義理もないけどさ。 「じゃあなんで気づいたの」 「あんな状況じゃなきゃ気づかないよ」  もしこいつがただの小学生を演じていたら、気付かないだろう。ただ、状況が悪かっただけだ。 「初めて気づかれた」 「そうかい」  おれはコーラを呷る。がきんちょはコーラの洪水をつくり、食料につられたアリたちを殺していた。その間、こいつの顔は真っ白なままの無表情だった。何も感じていないし、何も思っていない。ただやってみただけの話。  その後、割とどうでもいい話をして、夕方になって別れた。ベンチの上にはコーラ缶が二つばかり並んでいたのだけ、覚えている。  あの後がきんちょがどうなったか、俺は知らない。もしかしたらどっかで死んだかもしれないし、あのまま大人になって、誰かを傷つけているかもしれないし、普通のふりをしているのかもしれない。あれから、十数年は経ったか。
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