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「期待に沿えず申し訳ないけど、この通りピンピンしてるよ。それにまだまだ人生からリタイアするわけにはいかないし」
「みてえだな。で、そっちは誰だ?」
「紹介するよ。こちらは俺の相棒のミシェル――あれ? ミシェル?」
「可愛い~!」
ミシェルのことをアダムに紹介しようとしたが、隣に座っていたはずのミシェルはいつの間にかアダムの傍に駆け寄っており、しゃがみ込んで何かをしている。
どうやら、ミシェルはあの双頭の犬にかなり興味があるようだ。
その犬の脇を両手で抱えて持ち上げている。
まるで子供の様にはしゃぐ微笑ましいその姿を見守っていると、漸くミシェルはアダムに声を掛けた。
「あ、ご挨拶もせずにすみません! はじめまして! ミシェル・レヴィンズといいます。連邦捜査局の捜査官で、ジョンさんの相棒です。エージェントのアダム・デイヴィッドさん、ですよね? よろしくお願いします! ところでこの子、お名前は何ていうんですか?」
「随分元気の良いガキだな……アンタの言う通り俺がアダムだ。そいつの名前はテベリスだ。見た目はそんなんだが気を付けろ、そいつは――」
アダムが何かを忠告しようとした次の瞬間、テベリスという名のダックスフントの口から伸びた舌先がミシェルの頬をなぞり、さらにその口から声が発せられた。
『なぁ嬢ちゃん……スケベしようやぁ……』
「ひぃっ!?」
まるで野太い男の様な声を耳にしたその瞬間、ミシェルは短い悲鳴を上げながら顔を真っ青にしてすぐさまテベリスから手を離した。
やはり魔獣と言われるだけある。
初対面の女性にセクハラとは、とんだ曲者の様だ。
困惑の表情を浮かべたままミシェルは、私がかけているソファの影へと避難した。
するとテベリスはすかさず彼女の背後に回ろうとする、が、突如振りかざされた銀髪女性の鉄拳を脳天に受け、その場に倒れ伏した。
そして銀髪女性はそのまま何事もなかったかの如く、こちらに軽く会釈する。
「駄犬が大変失礼しました。申し遅れましたが、私の名前はミル。アダムのサポート役を担っています。以後お見知りおきを」
「ジョンだ、よろしく……もしかして君も魔動人形なのか?」
ミルと名乗った少女の顔は全く変化がなく、まるで人形の様だ。
それに近くで見ると、髪色や常に正しい姿勢など、やはりユヌム達魔動人形(マギ・オートマタ)の雰囲気にそっくりで思わずそう訊ねてしまった。
そんな無神経な質問に気分を害したかと危惧したものの、やはり表情は変わらない。
「肯定します。ロットナンバーは一〇〇〇。銃火器による後方支援能力に長けた個体と覚えて頂ければ結構です」
「た、頼もしいな……」
ミルはローブの下から大きな金属籠手で包まれた両手を上に掲げると、まるでマジシャンの早業の如く一瞬で二丁の短機関銃を出現させ、両手に握った。
常時臨戦態勢なのは結構な事だが、出来れば武器は収めてほしいものだ。
思わず顔が引きつるし、先程のことも相まって背後のミシェルが怯えている。
そして、そんな空気を壊す様に横からジニーが躍り出た。
「ちょっとちょっと! 私も居るんですけどー?」
「なんだ、お前も居たのか光の巫女。そういやこの前の仕事でサブミッション逃したって聞いたが」
「ぐっ……ちょっとマルコム! やっぱり根に持ってるじゃない!」
「はて、何のことやら?」
「くぅぅぅ! 次の仕事は絶ッ対完璧に熟してやるんだから! 覚えてなさいよ!?」
「期待しているよ」
三人は私達そっちのけで和気藹々とした会話を繰り広げている。
当然私よりも彼等の付き合いは長いはずなので、この疎外感は致し方ないものだ。
いずれは自然と加われるようになるだろう。
「なんでもいいが、このメンツを集めるだけの厄介事ってのはいったい何なんだ?」
「その前に、先程黒百舌狩りの件を彼等に話してね、それについてジョンからの質問に答えてくれたまえ」
「黒百舌……あぁ、アイツの事か。で、何が聞きてえんだ坊主?」
ここで漸く、先の疑念を解消する機会が巡ってきた。
私は意を決してアダムに問いかける。
「……今回の死傷者は三十三人、修道院に居た全員が魔物に殺されたと聞いた。だが、もしも貴方がその気になれば、そのうちのたった一人でも救うことは出来た。違うか?」
「可能性の話か? なら答えてやるよ。『NO』だ」
「それは、その余裕は無かったということか?」
「なに言ってやがる。今回の俺の仕事は『魔物狩り』であって、人間を守る事じゃねえ」
「……見殺しにしたのか?」
「坊主、勘違いしてるようだから言っておくが、俺は人類の守護者じゃねえ。黒翼と堕天を狩る者だ。たとえ周りで何人死のうが俺の知るところじゃねえし、それはお前等の役割だろ」
思わず息が詰まった。
やはり、アダムには修道院に居た人々を救う力があったはずだ。
だが彼はそれを使わなかった。
「自身の役割ではないから」という理由でだ。
そしてそれが恰も当然の如く。
「――だが、エクスシアの役目は超常存在から人々を守ることのはずだ……!」
「エクスシアは、な。俺は違う。俺は俺の目的を果たす為にこの組織に身を置き、マルコムからの依頼を受けている。それ以外のことをするつもりは無え。組織の意志と俺の意志が同じだと思うな」
「……貴方の良心は痛まないのか?」
「人間に掛ける慈悲はとっくの昔に捨てた」
疑念は晴れた。
つまり最初からアダムには、人々を守る意思が無かったのだ。
以前に彼には世話になったが、その時はあまり彼の事を知る機会がなかった。
しかし漸く、少しだけ理解することが出来た。
アダムは彼が語った目的とやらを果たす為に魔物を狩る者であって、この街と人々を守りたい私とは根本的に違うのだ。
価値観や正義感の押し付けであることは、頭では理解している。
だが、それでも目の前に救える命があるなら、救ってほしいと願ってしまうのはおこがましい事だろうか。
人が生来持ちうる慈愛の心、それを他者に向けることはそんなに難しい事なのだろうか。
そしてアダムは何故それを捨ててしまったのか。
それだけの理由がこの世界に、彼の人生にあったのだろうか。
分からない。
分からないが、人を救う力を持つ者が、人を救う意志を喪失しているという事実がある。
それが私は無性に悔しかった。
やり場のない想いに苛まれて視線を落としていると、ふと肩に手が置かれる感触を覚え、横を見ればジニーが私の肩に手を置いていた。
「ジョン。私達エージェントはそれぞれ目的があってここに居るの。あなたに譲れない願いがあるように、私やアダムにも譲れない目的や願いがある。この組織に所属しているのはそのためよ。だからあなたの虚しさや憤りは察するけど、その願いを他のエージェントに強要することはやめてあげてね。もちろん、協力の要請があれば可能な限り手伝うわ。対価は宝石で!」
「現金だな……けど、理解出来たよ」
ジニーが言うことも尤もだ。
ジニーやアダムと私の願いは当然違う。
それぞれの価値観も違うし、もしかすると私と彼等の思考は相容れないのかもしれない。
だが、彼等は決して人を恨んでいるわけではない筈だ。
ならば私の願いを聞いてくれることもあるかもしれない。
私は私が出来ることをして、出来ないことに力を貸してもらう。
今はそれでいい。
「案ずることはないよ、ジョン。彼等にやってもらっている仕事は全てLAの人々を守ることに繋がっている。人に害を為す悪魔、魔物、魔人、全て我々エクスシアが排除しようじゃないか」
「マルコムさんはいまいち信用出来ないんですけど……」
「心外な。私はいつだってこのLAの事を考えているよ。そうだろう?」
「信用の点で言うなら、及第点ってところだな。無駄な遊び心とかいらねえから情報の精度を上げろ」
「んー、報酬は結構いいかも。でも仕事のサプライズはあんまり嬉しくない」
「ほら? まずまずだろう?」
「なにが『ほら?』ですか。なにが」
そもそも自分でまずまずと言っている時点でアウトだ。
というか、やはりこの人が一番信用ならない気がする。
ジニーやアダム達はそれぞれの行動理念がはっきりしている様なのでまだ信用出来るが、マルコムはその思考が未だに理解出来ない。
そして一番不安なのは、LAを守るエクスシアという組織はこの人の指揮で動いているということだ。
これまで彼と関わってきた限りで判断するなら、人々を守る為に動いていると断言できる。
しかし心の底から信頼出来るかと言われると、否だ。
そのうち何か良くないことが起きるのではと心配で仕方ない。
尤も、死を乗り越えた今の自分にとっては、並大抵のことなら受け入れてしまう自信がある。
嫌な順応の仕方をしてしまったものだ。
「で?本題はなんだ? まさか雑談する為に集めたわけじゃねえだろ」
「そうね。そろそろ私達三人を集めた理由を話してもらえないかしら、マルコム先生?」
アダムとジニーはマルコムに向き直り、今回の招集の真意を問う。
そう、勉強会という名の定期業務の話が衝撃的で忘れそうになっていたが、今日の主題はマルコムの話だ。
ジニー、アダム、そして私の三人が揃った今、彼が抱えている話を聞く準備は整った。
マルコムは我々をじっくりと眺めると、頃合いと理解した様で重々しく頷き、漸くその口火を切った。
「LAに未曽有の危機が迫っている」
それぞれの願い 完
Case.3.5に続く
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