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翌朝、霧は未だ教会の周囲を覆っていた。
テベリス曰く術者の隠匿意識が強くなっている事が原因らしく、やはり魔物を片付けるまで結界は消えない可能性が高いという見解に至った。
教会から逃げ出したかったイーデンは昨夜物言わぬ骸に成り果てたので、さして重要な問題ではなくなった。
そしてアダムは起床したローレンスとクロエに事情を説明し、礼拝堂での祈りはイーデンの死体が片付くまで控えるよう話した。
当然二人は慄いたもののこれに従い、アダムはローレンスと共に死体の片付けとその埋葬を行っていた。
イーデンの墓は院の裏手、サマンサの墓の隣に立てられた。
「主よ……どうか彼に安らぎをお与えください」
サマンサの埋葬の時同様、ローレンスの祈りが捧げられる。
アダムはその行為を以前と同じ様な感情で眺めていたが、頭の中では昨夜の惨劇に対する考察で埋め尽くされていた。
イーデンが魔物に殺害された事に関しては、もはや必然と言っても過言ではない。
あの状況で一人になることがどれだけ危険な事か、正常な思考が出来る人間なら分かるはずだからだ。
だがそれでもイーデンは一人で就寝することに拘った。
それほどアダムに対する猜疑心や恐怖心が強かったと結論を出すことは容易いが、何か他の理由があった可能性も考慮出来る。
例えば、あの晩に一人でいなければならない理由があったとする。
その理由はアダムには全く思い付かないが、それを作った人間がいたとすれば辻褄が合う。
最も疑わしい人物は、やはりローレンスだ。
イーデンと最後に会話したのが彼であり、アダムが認識している中で唯一二人きりで話をする時間があった。
一方、クロエにもその時間が無かったわけではない。
サマンサが魔物に食われる前や、彼女の死体をアダム達が埋葬している間、そして昨日の昼間行った院内の探索時など、アダムがクロエ達の行動を把握していない時間は存在する。
ミルが彼女達の近くに居た時間も確実にあったはずなので、クロエとイーデンが二人で話をする時間があったかどうかはいずれ分かる事だ。
そして最大の疑問は、イーデンが一人で就寝したいと主張した理由についてだ。
あの神経質で想像力の逞しい若者が自身の安全を捨ててでも一人になりたがった理由、これが分かれば一体誰がそう嗾けたのか分かるはずだ。
しかしその理由というのがいったいどの様なものなのか、アダムには皆目見当も付かない。
そもそも彼はそういう事を考え、推理することが苦手なのだ。
ただ魔物や悪魔の相手をするなら容易かっただろうに――そう内心で愚痴を溢しながら視線をローレンスから周囲に移すと、ふとあるものがアダムの目に留まった。
それは小屋の様な建物だった。
(あれが『学舎』か)
院の裏手からおよそ二〇ヤード離れた場所に、昨日まではなかったはずの学舎が建っていた。
大きさとしては礼拝堂よりも小さく、食堂よりも大きいといった具合だ。
アダムがこの学舎を認識出来る様になった理由は、彼が昨日の時点で「学舎がある」という認知を得たことにより秘匿が難しくなったからだ。
これでアダム達はいつでも魔物が隠れている可能性が高い学舎に突入することが出来る。
魔物を仕留めるのも時間の問題だ。
だが、それは今すぐというわけにはいかない。
魔物狩りには事前の準備と作戦が必要だ。
森で狩りをしていた時とは違い、拓けた修道院の周囲は隠れる場所や罠を仕掛ける場所が少ないため、迂闊な行動は狩りの失敗に繋がる。
おまけに今回は人間がいる。
守るにしても放っておくにしても、おそらく邪魔となることは間違いない。
後ほど罠の設置や作戦について、ミルと打ち合わせる必要がありそうだ――そうアダムが結論付けたタイミングで、祈りを終えたローレンスが立ち上がった。
「お待たせいたしました。それでは朝食に参りましょうか」
「ああ」
ふと、ローレンスは力なく笑った。
その顔を見たアダムは、それが隠匿行為を意図的に行っている人間が浮かべる顔には思えなかった。
むしろそれは常人の感性からすれば道理だろうと思える表情で、連日の惨劇に精神的な疲労を感じているのではないかとも伺える。
ここに来てアダムは、彼に対して疑いの目が向けられなくなった。
尤も学舎の場所が判明した以上、術者がどちらであろうともはや関係ない。
狩りの邪魔をするというのであれば話は別だが、その可能性は低い。
あとは魔物を狩るだけ――そう思い直しながらアダムが先頭を譲る仕草を示すと、ローレンスはそれに会釈し、アダムの横を抜けるようにして院の方へと歩き出した。
そのすれ違いざま、鐘の音が鳴り響いた。
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