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#1 - 定期業務と勉強会 Part.2
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「さて、アダムがこちらに到着するまで、昨日彼が対処した事件について話すとしようか」
「よろしくお願いします!」
「他のエージェントの仕事話を聞く機会ってあまりないから、なんだか新鮮ね。ちょっと楽しみかも」
ジニーが加わったことで、これまで話をしていた読書スペースが少々手狭になった為、私達は大きな机とそれを挟んで数組のソファが対面に並ぶ談話スペースへと場所を移した。
数分前まではジニーの要望を受けて魔動人形(マギ・オートマタ)達が運んできたお茶菓子をカモミールティーと共に楽しみつつ、小休止を挟んでいたが、機を見たマルコムにより超常課の定期業務である未確認超常犯罪の報告と、我々捜査官の知識を深める為の勉強会の第二弾が始まろうとしていた。
ふと左右を見ると、私の右隣では少々前屈みに座るミシェルがメモ帳とペンを持って相変わらず熱心にマルコムの言を記録しようとしているのに対し、反対側のジニーはソファに深く腰を掛けて、まるでファーストクラスのシートでくつろいでいるかの様にとても気楽な態度を示している。
あまりにも違う両者の姿勢に若干の面白さを感じて、ついついにやけた顔を浮かべていると、正面に座るマルコムからわざとらしく咳払いをする声が聞こえ、その意図に気付いた私はすぐさま気を引き締めて返事をした。
「よろしくお願いします、マルコムさん」
「よし。では話をする前に先程と同じ様に一つ質問をさせてもらおう。君達は『魔物』という言葉を聞いて、いったいどの様な印象を抱くかな?」
「魔物、ですか……」
その質問に私は眉を顰める。
『魔物』とは、悪魔や精霊の様な超常存在の大まかなカテゴリを指す言葉という認識で、取り立てて理解を深めるような言葉ではないと思っていたからだ。
もっとも実際に本当の意味を聞いたわけではなく、例えば今日私が捕獲した鉄食鬼(グレムリン)が魔物であることを鑑みて「人に仇為す超常存在」であると私なりに解釈して結論付けただけだった。
態々質問するという事は、より詳細なカテゴリーを指す言葉かもしれないので、もし今の認識に誤りがあるとすれば、それを正す良い機会だ。
「ミシェル。深く考えずに直感的な意見を聞かせてくれたまえ」
「はい! えっと、私は『人を襲う普通の動物ではない生物』だと思います」
「ほう……何故そう思ったのかな?」
「昔読んだファンタジー小説に魔物がよく登場して、大抵の場合それらは動物の姿で主人公の行く手を阻むものだったので、そうなのかなって。それにRPGとかでもよく敵として出て来るじゃないですか、だからそんな感じなのかなと思ったんですけど……すみません、安直ですよね」
「いや、良い意見だ。それに強ち間違いでもない」
「そうなんですか?」
「魔物とは文字通り魔の物。本来は悪魔の様な人をたぶらかす存在と同じ意味合いだったが、近年では彼女が述べた様に人々の創作物の中で様々な解釈がなされ、やがて世間では怪物(モンスター)と同義の扱いとされるようになった。ここでの怪物は異常性を持つ人間を指す比喩的な意味ではなく、『人に害を為す恐ろしい化物』という常識から逸脱した存在の事を指している」
それを聞いた私は「なるほど」と小さく呟いて一旦納得したが、やはり首を傾げた。
所謂物語やゲームに登場する敵性生物のスライムやドラゴンといったモンスターが、世間一般では魔物と認知されているということだが、「人に害を為す恐ろしい化物」という点では『悪魔』も魔物に当てはまるのではないか、という疑問を抱いたからだ。
確かに悪魔と怪物では若干意味合いが異なる気はするものの、特別分類するほどの違いがあるかどうかは甚だ疑問だ。どちらも人を食らうものという印象が強い。
もっとも、私がその疑問を抱くことは既に予想済みらしく、マルコムが言葉を続ける。
「人に害を為すという点は悪魔も同様だが、これまで魔物に分類されてきた存在と悪魔ではその性質が往々にして異なる」
「性質?」
「繁殖だ。純粋な悪魔は社会や自然が持つ負のエネルギーから生じる存在の為、夢魔(インキュバス)の様な例外を除いて基本的にそれ自体には繁殖能力が無い。一方で魔物は動物と同じ様に種としてこの世界に生じ、有性あるいは単一で生殖を行って自らの子を産み落とす」
「つまり、魔物は幽世に住む動物ということですか?」
「間違いではないが、正解でもない。エクスシアは魔物の定義を『生まれながら魔力を持ち、動物とは得て非なる生物』と定めた。幽世に生息することを条件としていない理由は、現世に住む魔物が多種存在するからだ。君達も見たことはなくとも、一度は耳にしたことがあるのではないかな。例えば『ネッシー』や『ビッグフット』という名前を」
「それってUMA(未確認生物)じゃ……え、あれって全部魔物なんですか!?」
「全てというわけではないが、多くが魔物に該当する。彼等の目撃例が極端に少ない理由は、常人の目には殆ど見えない超常存在だからだ」
この世界の真実の一つを知った私とミシェルは、驚愕した。
その神秘で多くの人々を魅了し続けたUMA(未確認生物)が、まさか実在した生物達だったとは夢にも思わなかったのだ。
しかもその正体が常日頃我々が相手をしている超常存在と同じだというのだから、幼少期にサンタクロースの衣装を父親の部屋で見つけた時の様な、何とも言えない心境だ。
信じ難いという想いも少なからずあるが、マルコムの話には筋が通っていると感じた。
彼等が人前に全く姿を現さないのはそもそも人に見えないからであって、実際には他の動物たちと同じ様に山や森、海や湖に生息している。
それを感知する力を持った人間が偶然彼等を発見したことにより噂が世界中に広まり、現在の様な認知へと至ったのだ。
これまで彼等に「襲われた」と宣った人々が僅かばかりいたことも納得出来る。
決して妄言などではなく実際に襲われたのだろう。その報告が非常に少ないことも、魔物に襲われたとなれば当然だ。
超常存在に襲われて、生き残る方が稀なのだから。
「ネッシーやビックフットの様なUMAが魔物ということは、彼等は悪魔と同じ様に人を襲い、殺し、そして食らう恐ろしい生物ということですよね。正直、あまりそういう印象がありませんでした」
「そう思うのも無理はない。事実、私が例に出したその二種は人を襲わないはずだ」
「え? でも魔物は人に危害を加える存在なのでは……」
「繰り返しになるが全てではない。魔物も悪魔も、人畜無害な種は存在するのだよ」
今日一番の驚きだ。
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