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#6 - 術者の正体
1
心地の良い柔らかさに鋭利な響きを重ねた音が、アダムの鼓膜を震わせる。
自身の腰に提げる手鐘の音を耳にしたアダムは、瞬き程の間ではあったものの確実に虚を衝かれていた。
ローレンスと共にサマンサを埋葬したあの夜、手鐘は鳴らなかった。
それはテベリスが魔物の匂いをローレンスから感知出来ず、それ即ち彼が「魔物ではない」という証明であったからだ。
しかし今現在、テベリスは金属の体を震わせる事でその証明を撤回し、新たな事実を提示していた。
眼前の神父ローレンスは魔物であるという真実を――。
「どうかしましたか?」
アダムの僅かな感情の揺れを察知したのか、はたまた自身に向けられた険しい視線に疑問を抱いたのか、ローレンスの姿を取る魔物は何食わぬ顔でアダムにそう尋ねた。
外見、仕草、表情、喋り方、どれを取ってもアダムにはそれが本物のローレンスと遜色ないように感じ、それを可能とするほどに擬態能力に長けた魔物なのだと実感する。
そしてなにより、目の前に獲物がいる――その事実がアダムの心を震わせた。
ひと月の間追い続け、探し続けた最後の一匹、それが目の前にいるのだから、狩りの衝動に苛まれて指先が震えるのも道理だった。
しかし、アダムは自身がはやる気持ちを抑える。
今度こそ確実に仕留める為、そしてなにより目の前のローレンスが本当に魔物かどうか確かめる必要があるからだ。
アダムはローレンスの問いに答えず、その視線を彼の全身に向ける。
いつもの祭服に違和感はなく、特に目立った違いはないのかと思いきや、アダムはふとあることに気付いた。
「その左腕、どうした?」
「え、ああこれですか。先程、埋葬の為の道具を物置から取り出した時に、木壁のささくれでうっかり切ってしまいまして……いやはやお恥ずかしい」
そう言ってローレンスは祭服の袖口を少しめくり、指先まで包帯で覆われた左腕を晒す。
それは昨日まで確かに無かったものだ。
知らぬ人間が聞けば、どうやって木壁のささくれでそんな傷がつくのかと疑問に思うか、あるいはそんなこともあるかと納得してしまうかもしれない。
これについてアダムも追究はしなかった。
なぜならアダムは、逃げた最後の一匹がテベリスの『猛火弾』により左翼を負傷していることを知っているからだ。
「そうか。気を付けな」
「お気遣いありがとうございます。さて、戻りましょうか」
「……ああ」
ローレンスは柔和な笑みを浮かべ、踵を返して修道院へと歩を進める。
その後ろ姿をアダムが見つめていると、ふとどこか意気揚々とした感情を孕みつつ、潜めた声が彼の脳内に響く。
『旦那……やっちまう? サクッとやっちまう?』
『俺にしか聞こえねえんだから普通に喋れ』
『あ、そっか。で、どうすんだ?』
『その前に聞きてえんだが、アイツは昨日の夜まではまだ神父だったんだよな?』
『おう。なんなら、あのガキの死体を見た時もまだ匂いはしなかったぜ』
『ってことは物置に行った時……まさについさっきってことか』
魔物がローレンスにすり替わったのは、イーデンを埋葬する直前。
つまり今朝だ。
しかし彼が道具を持ち出す間に、魔物が食事をする時間は無かったはずだとアダムは思い至る。
よって魔物はおそらくローレンスを襲ったものの、その血肉を食らうまでは至らなかったのだろう。
ではなぜ魔物はこれまで通り学舎に身を顰めず、態々ローレンスに化けているのか――その理由はアダムやクロエ達に忍び寄り、確実にその血肉を食らう為に他ならない。
ならばそれを迎え撃ち、今度こそ確実に狩るまで。
ローレンスの後ろを一定の距離を保ちながら歩くアダムは、すぐさま脳内で通信回路を開く。
繋ぎ先は彼の相棒だ。
『ミル、標的を見つけた』
『了解。即時強襲しますか?』
『いや、罠を仕掛ける。仕留めるのは今夜だ。お前は罠の準備を始めろ』
『了解(イエッサー)。設置場所は何処にしますか?』
獲物を確実に狩るにあたって罠は必要不可欠といえる。
そしてその設置場所は魔物が必ず足を運ぶ場所であり、且つ罠を隠蔽しやすい場所でなくてはならない。
警戒心が強く頭の良い獣ならばなおさらだ。
その場所を決める為には魔物の行動や習性を分析し、よく理解する必要がある。
アダムは早速分析を開始した。
昨夜のイーデンを十字架に串刺しにするという行動、それはとある動物の習性に酷似していた。
本来動物は得た餌をその場で食らうか、自らの巣穴に持ち帰る。
だが一部の動物にはその餌を非常食として別の場所に隠したり、放置したりする習性を持つ動物が存在する。
その中でもイーデンの死体の様に「串刺し」にするという特徴的な行動、加えて翼を持っていることから、アダムは一匹の動物を連想した。
百舌(モズ)――肉食の小型鳥類だ。
彼等は『早贄(はやにえ)』という習性があり、捕らえた獲物を木の枝に突き刺したり、枝股に挟んで放置することがある。
イーデンの死体は、その習性によって串刺しにされた動物の姿によく似ていた。
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