幕間 - それぞれの願い

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幕間 - それぞれの願い

 1 「――ここまでが『Prey impaling in shrike(百舌の早贄)』の全貌であり、アダムが今より十四時間前に終えた狩りの概要だ」  マルコムの口から語られたアダムの仕事の話を聞いて、私は思わず唖然としていた。  まず驚いたのは、人を害する魔物が想像以上に危険だったという点についてだ。  アダムと言う強者に追い詰められるという特殊な状況を鑑みても、一体の魔物が「およそ三〇人もの人間を殺した」という事実は、正直受け入れ難いものがあった。  自然界に住まう普通の獣にも、ヒグマや狼など人を食らう可能性がある獣は存在するが、それらは大抵森や山の奥に住み、彼等の縄張りを荒らさない限り人の前に現れることは滅多にない。  しかしアダムが狩った魔物は、もしも放置していればその飛翔能力で群れごとLAに現れ、その飢えを満たす為に人々に襲い掛かり、LAには大災害が起きたはずだ。  まさしくそれが地獄(ゲヘナ)に映った最悪の未来だったのだから。  そして何より注目すべきは、その驚くべき成長能力だ。  初めは小鳥程度の小さな魔物が、人の血肉を取り込むことでたった数週間でヒグマすら超える体格と力を有するようになったというのだ。  並の人間では到底太刀打ち出来ないことはまず間違いない。  おまけにその巨体で空を飛んでしまうのだから、まさに人類にとって脅威と言っていいだろう。  間違いなく生態系の頂点に立つことが出来る危険な存在だ。  だがこれに引けを取らず、無傷でこれを仕留めたアダムについてもまた、私にとっては驚くべき話だった。  かつての事件の折――私がエージェントになる前に、彼が並大抵の人間とは比べ物にならない身体能力を発揮する姿を私は目の当たりにしているので、普通の人間ではないことはもう分かっている。  それでも一ヶ月もの間森に籠り、数十体居たとされている魔物の群れを休まず追い続け、そして全て仕留めたという彼の並外れた執念には、自然と息が漏れた。  アダムがどの様な思考や信念を抱いているのかは分からないが、彼が為したことは精神的、肉体的に常人から逸脱している。  いったい何が彼をそこまでさせたのか、そしてそれを可能としているのか、私には考えが及ばなかった。想像すら困難だった。  本人に直接訊ねれば、自らの信念について語ってくれるだろうか。  更に、この様な魔物がLAの中ではなく外で発生したこと。  そしてそんな魔物を我が子の様に愛した人間が居たことにも、私は戸惑いを隠せずにいる。  もしこの事件を私が担当していたとしたら、アダムの様に解決することは出来なかっただろう。  時間はさらに掛かっていただろうし、最悪何度か死んでいたかもしれない。  そんな考えを巡らせていると、ふとジニーが重々しく呟いた。 「一ヶ月間休まずに狩り……私には真似出来ないわね」 「やはりジニーでも難しいことなのか」 「ええ。一日もお風呂に入れないなんて絶対無理」 「……は?」 「森の中でサバイバルなんて、お肌は荒れるし、髪はごわごわになるし、身体は洗えないしで最悪。そんな状態で仕事なんて、私には無理ね」 「いや、注視する点はそこなのか?」 「あら、気持ち良く仕事が出来るかどうかは大事じゃない。まぁ場合によってはそれが満たせない時もあるけど、私なら可能な限りそれを実現出来るよう計画を練って準備するわね」  どうやらジニーが気になったのは長期間の狩りについてだけで、それ以外は特に興味がない様子だ。  もしかすると、彼女もこの類の魔物は何度も相手しているのかもしれない。  やはりアダム然り、ジニー然り、エクスシアのエージェント達は只者ではない様だ。  しかしそれだけの能力を持っているのであれば、もっと人的被害を抑えることは出来なかったのだろうか。  勿論、全員を助けられたとは思っていない。  だが結果として、パドレアム修道院に居た人間はアダム達を除いて皆死んだ。  それはやむを得ないことだったのか、あるいは何か理由があったのか――疑念から想像を巡らせていると、マルコムが「続きいいかな?」と言って片手を上げた。  そういえばまだマルコムの話の途中だった。 「今回アダムが狩った新種の魔物を、我々は『黒百舌(ブラック・シュライク)』と命名し、今後は発見次第捕獲、研究して誰でも対策が出来る方法を模索する方針だ。黒翼持ちは基本的にアダムが狩りをするが、もしもの場合は君達にも対処してもらうので、後日配布する資料には目を通しておいてくれたまえ」 「はーい」 「さて、私からは以上だが、ジョンにミシェル。君達から何か質問は……と思ったが、どうやら本人が戻ってきた様だ。直接彼に聞くといいだろう」  そう言ってマルコムは出入口の方に視線をやり、私とミシェルもそれに倣うと、ちょうど両開きの重厚な扉が開くのが見えた。  扉を潜ったのは横に並んで歩く三つの影だ。  我々の正面向かって右側を歩いているのは、全身をすっぽり覆う程の長いローブを纏った銀髪の若い女性だ。  初めて見る顔でもある。  年齢的には少女と言ってもいいかもしれないが、無に近い表情や冷たい雰囲気はどこかユヌム達に似ている。  対して左側には一匹の犬が跳ねる様に歩いている。  犬種は恐らくダックスフントで、一見どこにでもいる普通の小型犬だ。  ただし、頭が二つあることを除いて。  ミシェルがその犬を見つめながら目を輝かせているので、恐らく私程度の感知能力が無ければ普通の犬に見えるのだろう。  あれが噂に聞く魔獣なのだろうか。  そして、銀髪少女と双頭の犬の間を歩くモッズコートの大柄な男、彼こそ数時間前まで魔物と死闘を繰り広げていたエージェントのアダム・デイヴィッドだ。  アダム達は真っ直ぐこちらにやって来ると、我々を一瞥して言った。 「よぉ、嵐の坊主じゃねえか。ひと月ぶりだな。あの後くたばったって聞いたんだが」
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