森本ユキノ

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「あっ…」 「…あら。」 新庄家でのバーベキューから四日。 イオリが出社した後、少し散歩でもしようかと歩いてると、半年前にオープンしたケーキ屋の前に、見慣れた顔を見付けた。 私は笑顔で近付くと。 「仕事は?」 お店の前にある時計を見ながら、小声で問いかける。 すると、見慣れた顔は少しバツ悪そうに。 「今日は外回りだから…」 私の顔を見ずに答えた。 「ふう~ん。だからって、ケーキ?」 じりじりと距離を詰めて、ピタリと並ぶと。 「並んでるんですけど。」 後ろの女にピシャリ、言われてしまった。 「…ごめんなさい。主人が並んでくれてたから、ちょっと追加をお願いをしようと思って。」 大きなおなかを女に突き出すと、その後ろにいた年配女性が。 「まあ、優しいご主人ね。」 私のおなかに目を向けて言った。 「ええ。とっても。」 年配女性に笑顔を向けて、ダミー夫に腕を絡める。 私に腕を組まれたダミー夫は、肩を揺らせて腕を引きかけたけど。 「あなた。」 私の低い声で、制された。 「誰かへのお土産?」 距離を詰めて、再度小声で問いかける。 「…まあ…そんな感じ…」 「誰?」 「……」 「ヒデオ。」 耳元で名前を呼ぶと、ヒデオは慌てたように瞬きをたくさんして。 「ヒ…ヒナちゃんに…」 消え入りそうな声で言った。 「ヒナコに会いに行くの?」 「いや…その…近くで仕事があって…」 「そうなんだー。いいなー。私もヒナコに会いたい。」 腕を組んだままそんな会話をしていると、少しずつ行列が動き始めて。 「…ユキちゃん、ヒナちゃんの好みって…分かる?」 ヒデオが遠慮がちに言った。 「んー、ヒナコはケーキなら何でも大丈夫よ。ここのケーキ、サイズ小さいし、たくさん買って二人で分けようって言ったら喜ぶんじゃない?」 「二人で分ける?」 首を傾げるヒデオに顔を近付けて。 「同じケーキを買っちゃダメ。違う種類ばかり買って、一つを二人で分けて食べようって言うの。ヒナコ、そういうの喜ぶから。」 囁くように教えてあげる。 そう。 ヒナコは今、弱ってる。 弱ってるヒナコを救えるのは、旦那のキヨシでも親友の私でもない。 隣の芝生に住む男よ。 「ありがとう。助かったよ。」 紙袋を手に、ヒデオは笑顔。 「そうよね。超優柔不断だもん。」 「ははっ…それ言われると痛い…」 「早く行って。ヒナコを癒してあげて。」 「癒すって(笑)」 「大丈夫。ヒデオは『歩くオアシス』なんだから。自信持って。」 「なんだそれ。」 「いってらっしゃーい。」 まるで新婚夫婦のように、私達は笑顔で手を振り合った。 森本ヒデオ。 キヨシとイオリの同僚で、ミユキちゃんという22歳の若い妻がいるこの男は。 私の初めての男だ。 あーあ、世間ってせまーい。
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