森本イオリ

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「あれ。今日誰か来た?」 仕事から帰ると、少しだけ部屋の様子が違って思えた。 その違和感から、最愛の妻に問いかける。 「ヒナコが来たの。」 ドキッ ヒナちゃんの名前が出ただけで、少し胸が痛んだ。 新庄から聞かされた、ミユキちゃんのキスの練習相手の話。 新庄は断ったと言ってたが…正直、疑っている自分がいる。 でも、新庄の『俺も色々しんどい』が。 何となくだけど…分からなくもなくて、俺さえもが色々複雑だ。 「ヒナちゃん?珍しいね。引っ越してからは初めてじゃないか?」 ヒナちゃんは…体調を崩して休職。 新庄はヒナちゃんのために古民家を買って引っ越した。 だけど…それは逆効果。って、周りはみんな思ってる。 だってさ… ヒナちゃんを思ってした事なんだろうけど… あんな田舎に、昼間は一人ぼっち。 寂しいヒナちゃんのために開催されるバーベキューやパーティーは、準備から片付けまでをヒナちゃん一人が切り盛りして。 結局彼女は会うたびに疲れ果ててるように思える。 新庄って、ほんと…自己満足の塊なんだよなあ。 だから、ミユキちゃんから松井のアノ話しを聞いて、悔い改めるって言ったのは…ちょっと驚きだけど。 まあ、ヒナちゃんを労わる、いいキッカケになれば。 「ヒナコ、新庄さんにイライラしてるみたい。」 育児雑誌に目を落としたまま、ユキノが言った。 「まあ、イライラする気持ちも分かるよ…」 そんなユキノの肩を揉みながら、つい…こぼしてしまうと。 「イオリ、新庄さんの事苦手なの?」 ユキノが俺を見上げた。 「え?あ、そんな事ないよ……それより、その上目遣いは反則。」 チュッと触れるだけのキスを落とす。 俺の奥さんは、甘え上手だし、男を立ててくれるし、ハッキリ意見も言ってくれるから分かり合えるし…本当にサイコーだ。 ふと、新庄の苦笑いが脳裏をかすめた。 ヒナちゃんが体調を崩して、新庄は『どうにかしてやらないと』と、色んな事を頑張っていた。 まあ、結果それが自己満足と言われるソレになったわけだけど。 だけど、あいつなりに頑張ってたんだよなあ… それに、新庄もヒナちゃんも誰にも言わないけど…精神的な疾患だったのは一目瞭然。 メンタル系の病気は…寄り添う方も大変だよ。 …うん。 新庄も頑張ってた。 なのに、色んな疑いの目を向けて…悪かったなあ… 「俺、幸せだなあ。」 ユキノを抱きしめて、つぶやく。 「そう?」 「うん。ほんと、幸せ。」 体を揺らしながら言うと、腕の中のユキノは小さく笑った。 俺はなんとしても…この幸せを守り抜く。 ユキノの意見を尊重して、ユキノのやりたいようにするんだ。 周りから見たら、男らしくないって言われるかもしれないけど。 俺の幸せは、ユキノが幸せである事。 釣った魚に餌をやらない男。なんて… サイテーだからな。
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