新庄ヒナコ

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新庄ヒナコ

「おーい、ヒナコー。ビールが足りないぞー。」 「…はーい。今持って行くー。」 私の名前は新庄ヒナコ。 四月に28歳になった。 一つ年上の夫、製薬会社勤務のキヨシとは、社内恋愛。 結婚して四年。 子供は、まだいない。 今日は我が家で七夕パーティー。 パーティーとは言っても、キヨシの同僚家族が集まってのバーベキューだ。 『七夕パーティー』と名付けてしまった誰かが用意して来た笹の葉と短冊が、早くも存在を忘れ去られて、庭の隅っこでおとなしくしている。 「みんなふんぞりかえっちゃって。いやねえ、もう。」 ビールの空き缶を両手にやって来たのは、森本ユキノ。 ユキノは私と同期で、旦那さんのイオリさんとは社内恋愛の末、今春結婚。 すでに、はち切れんばかりのお腹を抱えながら、ユキノが縁側に座る。 「はー、重たい。」 「予定日、もうすぐね。」 「ええ。もう早く出て来て欲しいー。」 ユキノは…いわゆる『できちゃった婚』だ。 まあ、二人とも結婚する気はあったのだろうから、何の問題もない。 「ヒナちゃん、お肉もらっていい?」 私とユキノの前に現れたのは、キヨシとイオリさんの同僚、松井ヒデオさん。 「あ、すみません。持って行きます。」 お肉の入ったクーラーボックスを抱えようとすると。 「いいよ。さっきからずっと動いてばかりで、食べてないんじゃない?ユキちゃんと二人で、少し休んでれば?」 松井さんは優しく笑いながら、お肉のクーラーボックスと。 「こっちも持って行くね。」 ビールを軽々と抱えて歩いて行った。 「…ミユキちゃん、幸せよね~。」 ヒデオさんの背中を見ながら、ユキノが言った。 ミユキちゃんとは、松井さんの奥さんだ。 まだ22歳。 そのミユキちゃんは、キヨシとイオリさんに挟まれて、肉を堪能中。 その様子を見て、心の中でそっと溜息を吐いた。 一番田舎で、煙や香ばしい匂いを出しても周りから苦情が来ないから。という理由で、バーベキューはいつも我が家。 別に文句はないけど、不満はある。 あ、一緒か。 なら、文句も不満もある。 キヨシとは、大恋愛。のはずだった。 入社当時、そこそこにモテた私とユキノ。 キヨシは私に一目惚れした、と…随分熱心にアプローチをして来た。 女子校出身の私には、その強引さが魅力的で。 こんな頼もしい人に愛されるなら…と、告白されてすぐ、交際を承諾した。 交際期間中は、楽しかった。 一つ年上というだけで、とてつもなく頼り甲斐がある男性に思えたキヨシ。 私は、初めての恋にのぼせ上がっていたのかもしれない。 「…はあ…」 「どうしたの。深い溜息なんて吐いちゃって。」 私はユキノの隣に腰を下ろすと、膝に頬杖をついた。 庭と言うか、空き地。 そこで繰り広げられている、バーベキュー。 キヨシはこちらに背中を向けたまま。 私がまだ一口もお肉を食べていないなんて、気付いてもないはず。 松井さんは気付いてくれたのに。 「…SNSで見たんだけどさ…」 頬杖をついたまま、つぶやく。 「うん?」 「いい旦那かダメな旦那か、麦茶で分かるって。」 「ああ、それ私も見た。残り少なくなった時、作ってくれるかどうかってやつね。」 「森本さん、作ってくれる?」 「うん。一人暮らしが長かったから、下手したら私より気が利く人だよ。」 「そっかあ…」 そんな小さな事を、羨ましいと思ってしまう。 キヨシは、ほんの少しだけを残して冷蔵庫に入れる。 トイレットペーパーだって、少しだけ残して交換しようとしない。 結婚当初は台所にも立ってくれてたけど、私が体を壊して休職すると、途端に何もしなくなった。 今日から家事がおまえの仕事だ。と、言わんばかりに。 「…新庄さん、釣った魚に餌をやらないタイプ?」 ユキノが遠慮がちに言った。 「そうかもね。まあ、子供が出来たら変わるかな。」 「そうだよ。早く作っちゃいなよ。」 「だよね。」 体を壊して以降、少しネガティブだ。 あんなSNSにモヤモヤさせられるなんて、どうかしてる。 「ユキノ、そうめん食べる?」 「あっ、いただこうかな。」 「じゃ、パラソルの下に行ってて。」 「OK」 数人分のそうめんを用意して、お盆に乗せて運ぶ。 もう一度台所に戻ろうとすると、庭の隅にある笹の葉が傾いているのが見えて直しに向かった。 「あーあ…存在感ゼロね…」 今日は総勢12人。 子供は4人いるけど、まだ字も書けない子達だ。 笹の葉を直しながら、落ちた短冊を見ると…案の定、模様のような短冊が数枚あった。 それを微笑ましく思いながら、笹の葉に結び直していると… 『おたくの旦那、浮気してますよ』 「……」 私はその短冊を手に、しばし固まった。 何なの。 この短冊。 おたくの旦那って…どこの旦那…? 浮気してますよって… はい?
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