瞬き [ Story of Saiga ]

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ジュリアの話は 俺の予想とほぼ一致した。 しかし、ウッチーから 『誰への贈り物』なのかを 最後まで言わなかった。 それは俺に対しての隠し事と言うより ウッチーとの約束を守るつもりがあるのだろう。 これについては、俺も言い当てることはしない。 ……ま、想像は付くから、な。 俺の頭の中で散らばるポイント それらの点と点を線で結ぶだけだ。 ふむ……と、ひとつの思案を終えて 守っていた秘密をあっさり暴かれたことに プリプリしているジュリアの頭を撫でる。 「で、ラベンダーっていうのは?どんなものだろうか」 「表のショーケースに展示されているものがストールね。あれの色ちがいで、大判のマフラーとか膝掛けにもなるサイズなの。軽くてあったかいよ」 「……ほう。ラベンダー色はどこだ」 「これこれ。ウッチーは違う色を選んだの。この色は『斉賀が選ぶ色だ』っていって……」 近くにあるガラス棚から 手にとって広げるジュリア。 俺の目に写るその色は まるで芍薬の花弁のようにふわりとした 優しげな藤色と淡いピンクのグラデーションだった。 ───俺たちが初めて出逢った夜に ジュリアが着ていた花のワンピースも 確か、こんな色をしていた。 ジュリアが落とした携帯は 階段の下にいた俺の足下へ転がり落ちて。 慌てて階段を降りてきた彼女の コツコツというヒールの音や 駆け寄ってきた時の淡い香りさえも 覚えている気がする。 見上げる瞳が初めてでいてどこか懐かしく 予感というか、縁のつながりを 頭ではなく、感覚で感じていた。 思えば、あの出逢いの夜からずっと 俺の片隅にはジュリアがずっといて 会うたび、言葉を交わすたび、 瞬きの間でとらえた姿が記憶に残っていきながら 自然に好きになっていった。 その記憶を色に例えるとしたら きっとこんな色なのだろう。 そして、それはウッチーのとらえた、 ジュリアとの縁の色…そのものでもある。 ジュリアはカシミヤについて 簡単な説明をする。 肌触りや使い心地、軽量感、発色の良さ。 「ウッチーにも伝えたけど。こういう繊維ってね、長く使っていくと違いが分かるものだと思うの。肌に触れるたびにホッとするし、心も包まれてやさしく豊かになれる気がする。シンプルだけどこれ以上もないって、私は思うかな」 ジュリアは広げたストールを折り畳んで 子猫を可愛がるようにひとなですると ガラスのショーケース棚へ戻した。 「なるほど……ウン。俺が好きな色だ、買おう。」 「へっ?ちょちょ、待って待って!これ、そんな気軽な品じゃないよ!」 「ウッチーが買ったなら、俺も買いたいじゃないか。」 「もう、張り合うとかそういう問題じゃないでしょ!」 「そりゃあな、男の甲斐性は競うためのものではあるが。男の豊かさとは、大事な女の喜ぶ顔が自然に想像できる事だと俺は思う。保守派だが、ここは攻めていきたい。そういう気持ちは『シンプルだけど、これ以上もない』。そうだろう?」 そう言いながら 俺は戻されたそれを手にとって 店員を呼ぶ。 「すみません、これを贈り物にしてください」 それに応じる店員は スマートな接客をしながら 奥様へ、ですねと微笑んだ。 ジュリアが妻と認識されることは 俺にとって、今はごく自然なものであるが それにいつもジュリアが照れながら 傍らにそっと寄り添っているのを感じると 胸の奥に幸福な想いが広がっていく。 包んでもらう間 店内のソファに座っているとき ジュリアはふと、呟いた。 「ウッチーがね、言ってた。『君はダーリンに買ってもらいなさい』って。それを聞いて、私ちょっとびっくりしたんだ。ガッカリしたとかそういうのじゃないよ。……今までのウッチーなら、『お礼だから』とか『日頃の感謝だ』とか言ってさ、私のものまで買っちゃおうとしたと思う。でも違ったの。」 「……そうか。何か分かる気がするが、な。」 「分かる?どんな感じ?」 「ンー……音声だとちょっと。言語化するのは難しいな。」 フフフ、と笑う俺に 「コウとウッチーってさ。時々、イルカみたいに超音波っていうか波長で通信してるよね」 と言いつつ、 更にぷくーっとふくれる。 「そうなんだよ。ウケケケケー、ウキキキキー、ピー、ピーってな!奇音を発して……って、俺らはファックスか!てか、俺、サイボーグだが!」 独断のノリツッコミに ふくれがちだったジュリアは ついにつられて笑い始めた。
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